第24話 尊敬しています

 百面相をするルゼをクラウスが訝しげな表情で眺めている。


「……本当におかしなやつだ。今度お前でも振れそうな剣を持ってこよう」

「あ、ありがとうございます!」

(優しい……!!)


 ルゼは満面の笑みで感謝を伝えるのだが、クラウスは終始無表情である。


「そんなに嬉しいか」

「はい! お兄様が生前よく、『殿下はまだ九歳なのに、僕よりも剣の才がある』と悔しそうに仰っていました。お兄様が頻繁にそうお褒めになるので、私も殿下の剣術を一度でいいから見てみたいと思っていたんです。まさか実際に教えていただけるなんて思ってもみませんでした!」

 

 九歳のクラウスはどんな風だったのだろうか。ルゼの頭では、今のクラウスの体が小さくなっただけのようにしか想像できなかった。きっと利発で達観した少年に違いない。


 ルゼは明るい声でそう話したのだが、クラウスはどこか自嘲気味に言い返した。


「俺の剣術は所詮人殺しのためのものだ。褒められるようなものではない」

「……」


 こんなに明るく話す人間に向かって、よくそんなに暗い調子で言えたものだ。ルゼには暗い調子に感じるのだが、おそらくクラウスは平常こうなのであろう。

 この人の剣は戦争用に鍛えられたものなのだろうか、剣自体はあまり好きではないのかもしれない。


 ルゼはクラウスのその冷たい声に妄想を止めると、手をうろうろと動かして見つけたクラウスの手を掴み、目を見つめた。


「……私はまだ二回しか殿下の剣を見たことないですが、無駄のない洗練された動きに、的確に急所を狙った剣筋……、努力しなければ手に入らないもののように思います。兄はきっとその努力を尊敬していたのではないでしょうか。……私も尊敬しています」


 割と本心だが、ルゼに言われたところで何の意味もないのだろう。

 ルゼのその言葉に、クラウスは冷ややかに笑う。


「お前のその性格は兄譲りだな」

「……例えばどの辺りですか?」

「脳天気なところ」

(の、脳天気……? 暗に馬鹿と仰っているのかしら……)


 ルゼはクラウスからの思いがけない評価に多少むっとしたのだが、無愛想で冷酷と言われ、自己肯定感の低そうな発言をする彼は、もう少し肩の力を抜いても良いのではないか、とも思うのである。


「……長所ですね。脳天気な人間が隣にいて良かったと思いませんか?」


 ルゼはにこりとクラウスに笑いかけたのだが返事はなかった。ただ面白そうに一言問われるだけである。

 

「それで、隣にいてくれる気にはなったのか?」

「!」

(そんな、生涯を添い遂げようとかいう話してない……)


 ルゼの言葉がクラウスには違う風に受け取られたようだ。何でもかんでもそっちに繋げないでほしい。

 しかし、クラウスの発言の真偽がどうであれ、ルゼにはその求婚を受け入れるわけにはいかなかった。将来の犯罪者候補、余命僅かな人間が、間違っても皇太子妃などという立場についてしまってはいけないのである。という理由をわざわざ考えるくらいには、ルゼもしっかり頭を悩ませていた。


「……シャーロット様を思い出すべきだと思います」

「……ああ……そうだったな」

(面倒くさそうな声出しやがって……)

「そんなに私が気に入りましたか」

「ああ」


 心臓が痛い。


「……では、誠実にお答えさせていただきます」


 ルゼはそう言ってごほんと咳払いをすると、前置きの割に意気消沈してしまい、クラウスの目を見ずに斜め下にあるソファを凝視しながら、ゆっくりと返事をした。


「……私にはすべきことがあります。皇太子妃にはなれません」

「ならない、ではなく?」

「なっ……なるつもりなどございません……。シャーロット様! シャーロット様!!」


 突然シャーロット様! と連呼しだすルゼに、クラウスが訝しげな視線を向けている。

 ルゼは、きっ、とクラウスを睨みつけると言い放った。


「絶対に私のほうがシャーロット様のことを大事に思っております」

「分からないだろう」

「相手を思うなら! 違う女性に! 求婚しないんですよ!!」

「俺を拒絶する理由はそれだけか」

「はい。十分です」

「ふ……」


 また鼻で笑っている。最近のルゼは、嗤われているのではなく笑っているだけだと思うことにしている。


「なんにも面白くないですよ」

「かわいいなお前は」

「は? 褒める女性を間違えないでください。あのですね、私が言うことでもありませんが、愛する人間は一人に決めるべきだと思うんですよ」

「俺もそう思うが」

「……」

(……宇宙人……)


 話が通じない。

 しかし、一夫一婦制のこの国とは言え、愛妾を持っている歴代皇帝は多い。その中で、愛する人間を一人に決めるべきなどというロマンチストなルゼの意見に賛同するクラウスは、皇太子様のくせして異質なような気がする。

 困惑するルゼを、クラウスがおかしそうに笑って眺めている。


「今日はもう遅い。空いている部屋を好きに使え」

「……ご厚意だけ頂いておきます。ありがとうございます」


 ルゼが怒鳴られる程度は、遅くなったときと外泊したときでは比でないのである。しかし、ルゼが困ることを想定済みだったのか、クラウスは事もなげに答えた。


「ああ……モーリスには俺から言っておいてやるから安心しろ」


 どこまで知られているのか分からないが、勝手に身の上を探らないで欲しい。


「いえ、お手を煩わせるわけには……」

「それともこの部屋で寝るか。ふかふかなんだろう」

「え!? いえあれはその、寝ぼけてたというか」

「ずっとここにいてもいい」

「シャーロット様!」

「……」


 ルゼはそういったことに慣れていない、というよりも、バサバサに切られた髪に魔法の使えない愚図として学院では最下層にいたため、そういった目で見られることもないのである。

 冗談とは分かっていても混乱してしまうのであった。


「……今日の所は空いている他の部屋をお借りさせていただきます。いつか何かの形でお返しします。ありがとうございます」

「いらない」

「借りたら返す! これ常識です」


 ルゼは勢いよく立ち上がってお辞儀をすると、そう言い捨てて部屋を後にするのだった。

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