第23話 厳し目でお願いします

 ルゼはソファに座らされ、クラウスもその隣に座ったようだった。呼吸は整えなければならない。息は吸って吐くのだ。


(……この方いつも近い……)

「すまない。軽はずみなことを言った」

「い、いえ全く。もう落ち着きましたし事実ですから、そう何度も謝らないでください」

(ほんとになんともないから!)


 皇太子が箸にも棒にもかからないような人間に頭を下げている状況に焦ってしまう。そもそも、ルゼが勝手にクラウスに苛ついて血圧を高めていただけである。


 ルゼの仁義としては人に弱みを見せることは是としていないのだが、なぜかクラウスには出会った瞬間から弱みというか失態というか、恥ずかしい姿を晒してしまっている。


(気を引き締めなさい! ……)


 ルゼは、何か失敗した時、あるいは緊張する時には心の中にシャーロットを生み出すのを習慣にしている。


「あの」

「うん?」

「……まず、どこまでご存じなのか教えていただいてもよろしいでしょうか」


 あの事件自体は知っている人がいてもおかしくないのだが、クラウスはそれ以上のことを既に知っているような気がする。

 クラウスはルゼの真剣な瞳をチラリと見ると、ゆっくりと言った。


「───お前がレンメルの生き残りであること、指輪はモーリスにつけられたこと、勝手に立ち入り禁止のレンメル家に入り込んで兄の剣を持って行ったこと、お前が復讐を遂げた後に死のうとしてること、かな」

「……ぜ、全部ではないですか……」


 最初の二つは予想していたのだが、なぜか誰にも言っていないことまで知られていた。三つ目はもしかしたら、先程剣で打ち合ったときに、ルゼが体格に合わない重い剣を使っていたところから推測したのかもしれない。


「はは」


 ルゼが困惑とも驚嘆とも言えない顔をしていると、クラウスが可笑しそうに笑った。


「……え? もしかしていくつか勘で言いましたか?」

「ああ」

(は、謀られた……っ)

「よくこれまで生きてこられたな」


 その嘲るような声にムッとして言い返す。


「……ここ最近ですよ、こんなに勘づかれ始めたのは」

「人と関わりを持っていなかっただけだろう。自分から他人に近づくならもう少し注意深くなれ」

「……秘密ですよ」

「ああ」


 この人がわざわざどうでもいい情報を言いふらすとは到底思えないのだが、ルゼは口を閉ざすことが身に染みついており、秘密を共有した相手にもそう念を押さないと不安なのである。


(……それにしても、復讐を止めないなんて変わった方……)


 復讐だなんて生産性のない行為はやめろ、自分の人生を生きろ、とでも言われると思っていたのだが、クラウスはルゼの目的に対して何か言うでもなく、ただルゼの隣で座っている。

 ルゼはぼんやりと隣に座る不思議な人間を見つめ、先程の謎の襲撃を思い返した。


「……あ、そういえば、なぜあんな騙し討ちのようなことをしたんです? 魔力も気配も普段と違っていて分かりませんでした」


 最初から分かっていたら、もっと愛想よく殺しにいけたかもしれない。


「ああ……お前が三時間近く剣を振り続けていたから止めに行ったんだが、暗殺者にどう対処するのか気になった」

「三時間!?」

(無心で振ってたら、そんなに……?)


 ルゼの目は僅かな光なら取り入れているのだが、いつ見えなくなっても良いように視界を魔力の揺れに頼りきりにしている。そのため、空の暗さはあまりわからなかった。

 集中力が切れていると思っていたのだが、意外にも無心で剣を振り続けるうちに三時間も経ってしまっていたようである。

 クラウスの呆れた視線がルゼに寄越された。


(……途中ちょっと楽しくなっちゃってたんだよな……)


 体内の魔力が微増し、剣の技も増えたことで最近剣の練習が楽しくなっていた。復讐のための剣なのに楽しんでしまう。どこか後ろ暗い気持ちだ。


 クラウスはルゼのそんな感情を知ってか知らずか、ぽんぽんとルゼの頭を軽く撫でている。


(ひい、頭撫でられてる……)

「あ、あの! 私の剣、どうでしたか」

「ああ……。……独学にしては随分様になっている」「そ、そうではなくて! その、他に何か……」

「……厳しめ?」

「厳しめで」


 自分に対する評価を聞くというのは、存外恥ずかしい。しかし恥も晒しきったように思われるし、今更だろう。

 いそいそと講評を受け付けようとしているルゼを、クラウスは一瞥すると口を開いた。


「───まず剣が体格に合っていない。重すぎるし大きすぎる。それに、大方学院の剣術の授業と騎士の訓練の真似でもしているのだろうが、そもそも男と女では体の構造が違う。お前の体で真正面から剣を受けると負担が大きい。あとお前は基礎体力、それに筋力が足りてない」

「……はい……」


 ルゼも思っていたとおりの指摘をされてしまった。しかし、金銭的な問題で兄の形見の剣しかルゼには入手できないし、指導してくれていた兄もいなくなってしまったのである。

 クラウスは、しょんぼりと落ち込むルゼを横目で見ると続けた。


「だが反射速度はかなりいい。短剣の扱いだけ見たらお前に勝てる者はそういないだろう」

「ですが、短剣だけですと攻撃距離で劣りますよね」


 真剣な顔をしてそう尋ねるルゼを、クラウスが不思議な動物を見る目で見ている。


「……俺が剣の扱い方を教えようか」

「えっ!? そんな、いやでも、ああ……よろしいのでしょうか……!?」

(ダメ、この方は皇太子様! 自重!)


 突然の甘いお誘いに、ルゼは顔をにやけさせたり引き締めたりしながら反応してしまった。顔に出やすいのは本当のようだ。

 忙しい皇太子の邪魔をしてはいけないと思う一方、おそらくこの国で一番強いであろうクラウスからの魅力的な提案を受けたいとも思い、そのせめぎ合いからどちらともつかない変な顔をしてしまった。

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