第19話 変な二人

 ルゼが一瞬怪訝な顔をしてそんなことを考えたからか、アデリナが、がしっと力強くルゼの肩を掴んで大きく頭を縦に振った。


「わかる、わかるよその気持ち。私もこの研究に携わっててさ、もうほんとに絶対私が解明するんだって思ってたのに、あの美意識の欠片もない無教養の愚図だと思ってたデブが」

「言い過ぎですアデリナ様」

「……あのくそが私より先に見つけたんだよね。く、悔しい……。本当に今思いだしても涙が」

「……あの、お気持ちは大変よく分かるのですが落ち着いてください」

(……大丈夫かなこの方……)


 楽しそうに話していたと思ったら急に半泣きになったアデリナの情緒が心配だ。それだけ悔しかったのだろう。しかし、そこまで熱意も時間もかけていた研究の成果を気持ち悪い人間に横取りされるなんて、恐ろしい話だ。

 魔道師として生きているアデリナならなおさら、彼より自分が劣っているなんて認められないだろう。研究は時の運もあるのだろうし、そもそも個人の運もあるのだろうけれど、それにしても可哀想だ。


 ルゼの同情の目に救われたのか、アデリナは再度話し始めた。


「……それでね……。ああ、よく分からないからとりあえず、魔力吸収の鉱石でできたよく見る感じの手枷で想像してるんだけど」

(……よく見ないけど)


 かつてのアデリナはよく見たのだろうか。


「君がモーリスにその手枷をはめられたのだとして、それって多分六歳かそこらの時でしょ? そこから十年も経ってるのに外れない……外せない? のなら、多分そこに君が解除したいって言ってた魔法がかけられてるんじゃないかな、と」

「お、おお~……」

(あ、合ってる……)


 しゃがみ込んでひそひそと話す二人を、通りがかった侍女が訝しげに見ている。聞かれても困らない話ではあるのだが、二人ともどきりとして黙り込んでしまった。


 侍女が行くのを待って、アデリナが小さな声で話を再開した。

 

「もっと褒めて」

「犯罪に基づく推理は褒められるようなものではありませんので」

「君も似たようなもんでしょうが」

「……私は過失だと言い張ります」

「それこそ私を褒めてほしいものだよ。私がいなければ君のその知識はない!!」

「……ゔ……」


 アデリナがルゼの父ハインツに禁忌の書を見せなければ、ルゼは知的好奇心が満たされないまま晩年を迎えていただろう。しかしだからといって、ルゼの幸福の度合いを高められた喜びを押し付けられても困る。

 バツの悪そうな顔をするルゼに、アデリナが笑っている。


「はは。国もさあ、何考えてるんだろうね。危ないからって保管してたら書物の意味ない……」

「いえ、わかります!」


 今度はルゼが勢いよく立ち上がった。

 アデリナと通りすがりの使用人が、突然のルゼの大声にびくりとしている。


「分かりますよ、その考え。私も父が必死に隠しているのを、必死に探して読んだんです。もう本当に面白くて、ああこれは読んで良かったな、生きてて良かった、と今でもあの時の感動は」

「お、落ち着きなよ」


 アデリナも似たような性癖のくせして、若干引いているようだ。ルゼの服の裾を引っ張って、しゃがむように促している。

 ルゼもその小さな力に気がつくと我に返り、静々としゃがみこんだ。


「……すみません」

「……君も立派に犯罪者予備軍だよ。どうだい、国に飼われてみるというのは」

「絶対に嫌です。私にはすべきことがありますので」


 地面を見つめながらそう話すルゼを、アデリナが横目で見ている。


「ふーん。何考えてるのか知らないけど、やめといた方がいいんじゃないのかな」

「なぜです?」

「危ないからさ」

「問題ありません」

「君は愛を知らないねえ」

「は?」

「ふふ」


 ルゼの疑問にも答えず、アデリナは立ち上がって伸びをした。

 どこへ歩き出すかわからないが、ついてこい、と言われているような気がして、ルゼはその背を追うのだった。

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