第17話 今なんて言いました?
「この指輪に刻まれている魔法陣は低位のものだが、潤沢で新鮮な魔力がお前の体内から絶えず供給されているせいで高位の魔法が発動し、魔法の持続力と効果が上がっている」
「……はい」
どうでもいいけど手を離してほしい。
「アデリナの言う、『吸収も放出もしていない』というのは厳密には違う」
「……?」
「お前自身の外部からの魔力の吸収能力を指輪の吸収力が上回っているせいで、体内の魔力が減っていっている」
「な、なるほど……」
ルゼは自然界から魔力を吸収する能力が人より弱いことに加えて、鉱石の魔力吸収能力自体も上がっているため、減っていっているように見えるのだろう。
自分の体内の魔力というのは自分では感知することができないために、体内の魔力を扱うのは難しいと言われているのである。そのうえルゼは指輪の存在を誰にも明かすことができないため、こうして誰かに相談することもできないのだ。そのために現在自分がどの程度の魔力を有しているのか分からず、対応もままならなかった。
長らく隠し通してきた秘密が暴かれてしまった迂闊さは反省すべきではあるのだが、こうして一人でも話せる相手がいることは心が休まる。
(……でも、アデリナ様の仰ったことは厳密には違うようだけど、結果は同じことよね。私の体内の魔力は着々と減っていっている……)
そして余命が後一年。
ぼんやりとルゼの右の薬指を撫でているクラウスに、ルゼは躊躇いがちに尋ねた。
「……あの、エーベルト様なら、私の余命が残り一年ほどである事なんて分かっていたはずですよね。なぜ仰ってくださらなかったのですか」
「イヤリングと同じ石を増やせば問題ないだろう」
なぜそうまでして手を差し伸べようとしてくるのか。助けられる側は弱者だと相場が決まっている。
「それではエーベルト様の負担になってしまいます」
「お前がシャーロットにしているのはそういうことだ」
「……」
ルゼが撫でられている薬指をピクリと動かすと、クラウスは静かな声で言った。
「お前が自分を犠牲にしたところで誰も幸せになりはしない」
叱責するような言葉であるはずなのに、その声は柔らかい。
ルゼが黙っていると、クラウスは唐突にルゼの膝に横になって、ルゼの指輪を日にかざして眺めた。
「……ん!?」
その突然の出来事にルゼは全身が硬直してしまう。
(……私の太ももは痛いかもしれない! そうじゃない!!)
鍛えているから固いのではなく、肉がついていないので固い。太ももに短剣を結びつけているのだが、それも痛いかもしれない。
浅何があったらこれほどまでに人の心を惑わせる人間が誕生するのか……。
ルゼは、掴まれている右手をクラウスの額に乗せてさらさらと揺れる細い前髪を除けると、露わになったクラウスの瑠璃色の瞳を見つめた。
「……それでも私は、私に優しくしてくれた方を大切にしたいんです。その術をこの他には知りません」
静かな、芯のあるルゼの返答に、クラウスが小さく笑ったような気がした。
「……強情だな」
クラウスはそう言うとルゼの左耳に手を伸ばし、その小さな耳に優しく触れた。
「……っ」
(……くすぐったい……)
初対面時に触るなと言った記憶があるが、躊躇いなく触ってくる。そこを引き合いにして怒ってもいいのだが、まあいいかと流したくなる自分が気持ち悪い。
戸惑うルゼを面白がっているのか、イヤリングを包むようにして左耳をつままれた。
「……え!? ちょっと待ってください! イヤリングに魔力を込め直していませんか!?」
「お前が変わらないなら俺も変わらない」
「ダメです!!」
ルゼは両手でクラウスの手を掴むとイヤリングから放して睨みつけたのだが、ルゼの怒りなど気にも留めないように笑っている。
「元気になっただろ」
「……なりましたけど!! 今後一切なさらないでください」
「そうだなあ……」
きっぱりと返事をしてほしい。人に頼って生きていくにだけは本当に嫌だ。全力で顔をしかめて怒っているのに、一切伝わっている気がしない。
クラウスは曖昧に返事をすると、ルゼの右手を自分の目の上に乗せている。
「薬指だけ細いな」
「十年ずっとつけてますから」
「手が冷たい」
「末期ですから」
「はは」
自虐ジョークはお気に召さなかったようだ。乾いた笑いが聞こえる。
「アデリナは、ああ見えて生物学的には男だ。本名は、アデル・ヴィンストン」
「わ、分からなかった……」
魔導師の服装は男女問わず着られそうな形状である。女性には珍しくみょーんと縦に長かったのだが、実際は男であったらしい。婚約者候補というのは本気だったのかもしれない。
「アデリナはその能力の高さから温情をかけられているだけだ。害はないが……あまり関わるな」
「はあ……」
(……仲が悪いのかしら)
豪胆にも禁忌の書を皇帝の下から盗み出した罰が軟禁であるらしい。実力があるというのは、文字通り身を助くのだろう。
アデリナの屈託のない笑顔は善良な人間そのものだったのだが、クラウスはアデリナのことを嫌っているようだ。会うなと何度も忠告される。
ルゼはアデリナを思い浮かべながらぼんやりクラウスの頭を撫でていたのだが、自分の膝の上で寝ている人物の正体にハッとすると、手を止めて慌てた声を出した。
「あの、あの、ご公務などは……」
「寝る」
「え?」
(お疲れなのかしら……。ああ、そんな方の魔力を奪うなんて極悪非道な行為を……)
「そうじゃない」
「……顔見えてないのに……」
「お前はわかりやすいな」
「言われたことありませんよ、そんなこと……」
顔が見えてなくても相手の気持を推し量れる能力があるのなら、ルゼの方が高そうだ。それなのに皆が何を考えているのかわからないのは、人と真っ向から接してきていないからだろう。何か喋りかけてくる人間が横を通り過ぎているだけだ。
クラウスは本気で寝るつもりなのだろうか、ルゼの手を目に当てたまま動きそうにない。ルゼも膝を貸したまま、ぼんやりとクラウスの目元に手を当てた。長い睫毛が手のひらに触れている。
「なあ」
「はい?」
「俺もお前の婚約者候補に入れてくれ」
「ああ……ん? ……えっ?」
「……」
「え? 私のですか? 立場が逆ではないでしょうか」
「……」
どう考えてもこの人は求婚される側だろう。
「返事は」
「……いや早いな……」
「……」
「え!? ちょっと、寝ないでください!」
「静かにしろ」
「はい! すみません!!」
「……ふ……」
「……えっ」
ルゼは多少元気になった脳みそで、クラウスから唐突に告げられた言葉の真意について、必死に考えるのである。
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