第13話 ルゼの例え話

「……魔女に興味があるのか」

「あ……先程赤髪の魔導師さんを見かけまして、……その、私の知り合いにも赤髪の方がいるんです。その方は髪色から魔女と誹られていることがよくあったのを思い出してしまって……」

(……魔女の話だなんて、気分を害されたかしら……)


 言い訳でもしている気分だ。

 この日ルゼは興味本位で、勉学と直接関係しない本を手に取ってしまったのである。


 赤髪の魔導師を魔女であると思ったわけではなく、同じ髪色の実母を思い出しただけなのだが、魔女は罵られる対象として知られているのだ。あまり迂闊に話に出さない方が良いのだが、クラウスは何にも関心を持たない人間のような気がして正直に話してしまった。

 

 魔女は奇妙な力で人間を惑わす人外の生物として、忌み嫌う人が多い。ルゼの母も、赤い髪色も相まって、複数人の人から罵詈雑言を浴びせられていたようだった。しかしその実、ルゼの実母が嫌われてた一番の理由は、人よりもかなり多い魔力を持つルゼを産んだ事にあった。嫌われていた。


 魔女として首を落とされた彼らが実際に人外の魔女だったのかどうかは定かではないが、それで多くの人の溜飲が下がったことだろう。


「そうか」

「……」


 クラウスは既に興味が失せたような声をしている。

 あまり過去を思い返さないルゼだったが、珍しく最後に見た母の顔を思い出した。憎しみと苦痛を抑えたような表情をしていたような気がするが、あの人はすぐに部屋にこもってしまったのであまり覚えていない。


(……でもどうして、お母様だけあの場で殺害されなかったのかしら……)


 実は、ルゼは事件の後レンメル家に戻ったことがあった。遺体は処理され床は清掃された後だったため母の遺体を見ることはなかったのだが、おそらくあの時に既に二階で殺されていたのだろうと考えていた。しかし数ヶ月後、母の死体は離れた海から発見されたのである。逃げた先で死んだのか、拉致された先で死んだのか定かではない。


(もっとお話ししたかったわ。でも私の顔も見たくなかったかもしれないな……。というか思い出されるのも嫌かもな)


 ボケーとした顔で母エルダとの数少ない思い出に思いを馳せた。浸れるような思い出も浮かばないのだけれど。ルゼは兄や父から、そっとしておいてやれ、と言われていたために母の自室にもあまり近寄らなかった。しかし、自分からもっと話しかけておけば良かった、と今更ながら後悔するのだ。


 はあ、聞こえないくらいのため息が出てしまう。


「……お前の母親は、何か不思議な力を持っていたりしなかったか」

「……は……」


 どっちの母のことを言われているのだろうか。レンメルの娘だとは知られていないのでベルツの方の母に決まっているのだが、髪も目もよくある色をしているベルツの方の母親に対して、なぜそんな質問が出てくるのだろうか。


 とりあえずにこにこと笑いながら無難に答えておくのが良さそうだ。


「母は義兄あにを産んですぐに他界したそうですよ。ですので何も知らな……」

(……おい馬鹿!)


 兄を産んですぐに他界したなら、妹のルゼはどこから誕生したというのだろうか。まさかの自然発生……


 強引に行くしかない。


「……何も知らないです。でも、第二夫人は魔女と揶揄されるような見た目でしたが、普通の方でしたよ。人間らしかったです」

「第二夫人はいないだろう」

(……調べられており……墓穴を掘っており……)


 嘘をつこうとすると罪悪感に苛まれ、微妙に口ごもってしまう。嘘なんていくらついたっていいだろうに、とは思うのに、騙しているという感覚が心苦しい。

 ルゼは自分の馬鹿さ加減に苛つきすぎて顔をしかめると、勝手に人の身辺調査をしている男を睨みつけてドンと机を叩き、早口に語った。


「実は私、突発的に生まれたので親がいないんですよ。もぞもぞと土から這い出して日光に目が眩んでいるところをベルツに拾われました。指輪は子供の頃に遊んでつけて、さらに練習として魔法陣を刻んでしまったので外れなくなったんです」

「なるほど」

「その上で架空の母親の話をしたいのですが、なぜ私の母が魔女だとお思いになったのですか」

 

 もう滅茶苦茶だったが、クラウスは微かに笑いながらもルゼの戯言に付き合ってくれるようだった。


「そう思ったわけではないが、人がすることには何か理由があるものだろう。魔女は売買の対象にもなっていた」

「……嫌な仮定を……」


 自分に対しての腹立たしさがクラウスに対しての苛つきに変わったのだが、クラウスの言うことも一理あるのだ。魔女のような外見をした母ならもの珍しさから売れそうだ。

 奴隷商のようなものを営んでいる場所があるなら、そこを探して乗り込んでみても良いかもしれない。


 無言で憎しみを露わにしていたルゼを、クラウスが眺めている。


「お前が見たという魔導師はアデリナ・ヴィンストンという名だ。何か行き詰まったら質問に行くと良い……が、あまり近づくな」

「はい。わかりました」

(優しい……。……近づくな? 危険な方なのかしら……)


 近づくなというのは、きっと前振りである。

 ルゼは、今度アデリナさんを見かけたら、嫌がられなかったらお話しよう、と考えた。

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