第14話 魔導師アデリナは変な人

 翌日、ルゼは赤髪の魔導師アデリナを探していたのだが、割とすぐに見つかった。


 ルゼが彼女を見かけるときは大体、アデリナは背筋を伸ばして佇み、空……というか空中を眺めて静止している。その佇む場所に法則はあるのだろうか、木の前、塀の前、花壇の前と至る所に出没していた。使用人はもはや見慣れた光景なのであろう、その異様な人間を素通りしている印象だ。

 

 アデリナ・ヴィンストンは、腰まである長く赤い髪を一つの三つ編みに束ねている。ルゼの通う学院の数年前の卒業生らしいのだが、年齢は25、32、45とまちまちの証言しか得られなかった。

 

 その日、アデリナは庭の一画で猫を撫でていた。灰色に金の瞳をした猫が、腹を上にして寝そべっている。


(このお屋敷、猫なんていたのね……。というか、ヴィンストン様の腰は曲がることもあるのね……)


 何の目的で猫を飼っているのか気になる。まさか愛玩だろうか。

 ルゼはアデリナの隣にしゃがみこむと、覗き込むようにして首をかしげ、にこりと笑って話しかけた。


「こんにちは。猫お好きなんですか?」

「……猫はいいよね。この猫、シャーロット様が隠して飼ってるみたいだけど普通にバレバレ……」


 クラウスではなくシャーロットの趣味のようだ。

 アデリナはぼんやりと猫を撫でていたのだが、ぐるりと首を曲げてルゼの方を向くと、じぃっとルゼを見つめてくる。顔は見えないが、無言の圧力が少し不気味だ。


「……君、一年前からよく見かけるよ。殿下とどういう関係なの?」

「シャーロット様の友人です。皇太子殿下とは数回言葉を交わした程度ですよ」

「……ふーん」

(……怪しまれてる? 何を……?)


 ルゼはアデリナと話したのはこれが初めてなのだが、少し怪しまれているようだった。探るような視線が息苦しい。アデリナは立ち上がると、うーん、と伸びをしている。

 遠くから見ると分からなかったのだが、アデリナはルゼよりも頭二つ分くらい背が高いようである。ルゼがその身長差に驚いた一方で、アデリナもルゼの自分に対する反応に驚いているようだった。


「私の髪と目を見てその反応なの、殿下以来だよ。みんな多少は驚くか、なんとも思っていないふりをするかなんだけど」

「……私も他の方と変わりませんよ」

(あまり見えてないだけなんだけど……。なんだか申し訳ない)


 クラウスはともかくルゼの淡白な反応は、別にアデリナを特殊だと思っていないというわけでもなく、単に見えていないだけだった。色がぼんやりとしか見えないルゼでも認識できるほど、アデリナの髪と目は鮮やかな赤色なのだろう。 母と同じように、過酷な人生を歩んできたのだろうか。


「魔女とか信じてない人?」

「……どうでしょうか。魔女がいるのかいないのか、どちらにしても明言は出来ないのですが……もし魔女というものが存在するのなら、魔女は魔力を持つ人間が進化した生物なのではないかと考えています」

「……」

(な、何か間違ったかもしれない……)


 ルゼは相手の表情が見えなくなってからというもの、沈黙を少し怖く感じていた。しかもこの突然の質問には自分の人となりを確かめるという意味もあるのだろう、アデリナから興味深そうな視線を感じる。

 アデリナは何か考え込んでいたようだが、にかっと笑うと饒舌に話し出した。


「いや~、君、いいね! 名前なんて言うの?」

「ルゼ・ベルツです」


 ルゼ・ベルツと挨拶するたび叫び出したくなる性癖を抑えている。


「ベルツ? あの太ったおっさんにこんなかわいい娘がいたのか! どうかな、私と結婚するというのは。あの家は何かと息苦しいんじゃないかね」

「な、何を仰ってるんです!?」


 あの太ったおっさんに、こんな剽軽な知り合いがいるとは。


「ええっ、女からの求婚にもそんな顔してくれるなんて、なんて初心なんだ……!! ど、どうかな、本当に私と結婚するというのは。法なんて関係ない、愛があれば十分だよ。君の顔ほんとにタイプ……痛いっ」


 なぜかすごい勢いで口説かれ迫られている。抱きつこうとしてくるアデリナの肩を押し返していたところ、クラウスが後ろからアデリナの頭を持っていた本ではたいた。

 アデリナはクラウスの方を振り向き、ルゼはぺこりとお辞儀をする。

 この魔導師はクラウスとは旧知の仲なのか、砕けた話し方を許されているようだ。頭を手で押さえながら明るい声を出している。


「え、やっぱり殿下の婚約者なんですか?」

「さあ」

「違いますよ。私が勝手にここに居着いているだけです」


 さあ。などと言える人間らしい。シャーロットが可哀想だ。


「あ、違うのお? じゃあ私のこと婚約者候補に入れといてね」

「は、はあ……」

「チッ」

(し、舌打ち? この二人、どういう関係なんだろ……)


 人に向かって舌打ちとは、仲が良さそうだ。

 アデリナはニヨニヨしながらクラウスの方を見てルゼに愛を囁いている。それで気が済んだのか、再びルゼの方を見て外行きの笑顔を貼り付けられた。


「何か聞きたいことがあるんでしょ? 立ち話もなんだから……」

「執務室を使え」

「え~、やっぱり結構重大な話なんです? 私は前からルゼちゃんに目をつけてたのに、理由がないと話しかけてくれないなんて……」

(ルゼちゃん……)


 いきなりちゃん付けとは、距離感のおかしい人間もいたものだ。理由がないと必要とされないんだ、と面倒臭く嘆くアデリナに、ルゼは微笑んだ。事実だから困る。


「いえ、私もこのお屋敷でどこまで許されているのか模索している最中でして。今後ともよろしくお願いします」

「うわあ新婚の挨拶……」


 クラウスがアデリナを睨み付けると、調子よく喋っていたアデリナが、ひゅっと息を呑んで黙り込んだ。執務室へと歩いて行くクラウスの背を追いながら、「ほんとに恐ろしいよねあの顔……」とルゼの耳元で呟くのだった。

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