第9話 拾う神あり
ルゼが次に目を覚ましたのは固い木製のベッドの上だった。少し動いただけでもギシギシと音が鳴り、薄い布団のせいもあって全身が痛い。
(……生きてる……?)
しかし、緩慢に開かれたルゼの視界は不自然な暗闇に包まれている。
(……夜……)
「ああ、目が覚めたかね」
突然聞こえてきたモーリスの声に、ルゼはびくりと肩を震わせた。朦朧としていた脳みそが、一瞬にして奮い立つ。
「体調はどうだね」
「……っ」
(来ないで……っ)
ルゼは薄く固い毛布を掴むと、モーリスの伸ばしてきた手を避けるように、相手を睨みながら壁際に移動した。しかし、モーリスはその様子を見て可笑しそうに笑っている。
「いつまで強がっているのか知らないが、お前の行き場はここ以外にない。レンメル公爵一家が惨殺、娘は行方不明、と今朝号外が出ていたよ。お前も事が収まるまでレンメル姓は危険だろう、ベルツと名乗っておきなさい」
「……!!」
強がりでも何でもなく、ルゼは声が出せなかった。やはりあの日、ルゼの家族は殺されていた。あの時はまだ動いていた兄も、あの後に死んでしまった。
ひどい喪失感に加えて、重度の吐き気と頭痛がルゼを襲った。一人にしてほしいのだが、モーリスは構わずべらべらと話し続けている。しかし、ルゼの耳にはほとんど何も届いていなかった。
「───お前につけた指輪はね、魔力を吸収する鉱石でできているんだよ。お前は人よりも大分魔力が多いし、ああほら、今にも私を殺しそうな目をしておる。お前に魔法を使われたら私でも対抗できないからな、魔力を抑えさせてもらったよ」
「……」
「なに、命には別状無いだろう」
モーリスが言うには、指輪にはルゼが勝手に外せないように魔法陣を彫ったらしい。
(……本当に命に別状はないの……?)
そう疑問に思えるほどには、今のルゼの体調はかつて経験したことがないほどに悪い。今すぐ腹の底に溜まっている汚物を吐き出したい。
モーリスは何の反応も示さないルゼにため息をつくと、飽きたように投げやりに言った。
「何か質問はあるかね」
「……今何時でしょうか」
真っ先に時間を尋ねるルゼに、モーリスが訝しげな表情をしている。
「今? 昼過ぎだよ。……まあ、お前も今日からベルツ姓をもつ娘だ。他の子達には孤児院から拾ったと説明しておくから、落ち着いたら挨拶でもしなさい。部屋はここを貸してやる」
モーリスはそう言うと自室へと戻っていった。
部屋はここを貸してやる、と言われても、木製のベッド以外に何もない質素な部屋だ。親に疎まれていたとは言え、公爵家で6年間過ごしてきたルゼには寒すぎる。
ルゼはそのまま震える体で立ち上がると部屋を出て、その辺を歩く使用人から手洗いの場所を聞き出すと、そこで吐きながら一生分の涙を流した。
(ぜったいに、ころしてやる……!)
そうして一人の幼い少女が、復讐に生きることを決意するのであった。
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