影の中へ

 あの日から、俺は華音のつくる小さな影の中に潜んでいる。影から出ようと思えば出られるが、普段は人目があってはばかられる。


 影のまま会話も出来るが、華音が一人で喋ったり笑ったりしていてはメンタルな病気と誤解されるので、俺はなるべく無言を通している。


 だが周りに人がいない時とみると、華音はすぐに独り言を言うのだ。


「わたし、優しくてカッコいい彼氏がいつも傍にいてくれて幸せだなあ」


「……」


「次点はどうなのかなあ」


「……」


「あれあれ? 別に幸せじゃないのかなあ」


「し、幸せだっ!」


「やったあ、両思いだあ」


 華音が両の拳を握る。ガッツポーズ?

 そんな仕草のひとつひとつが愛らしい。

 だが、通行人がぽつぽつ来る。


「静かにしろっ!」


「はーい」


 ――俺は幸せだ。幽霊なのに。

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だって幽霊なのに 来冬 邦子 @pippiteepa

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