第2話 仲良くなりたい Side伊藤

 春でも寒い朝の空気は水を含んで澄んだ香りがしていた。野菜部員になった私は朝早く学校に来て葉っぱが大きくなってきたミニトマトやきゅうりの苗に水をあげている。


 相方のもう1人の野菜部員は

「放課後に苗を植えるからね」と言って畑に穴を空けていた。


「ねー、部長ー」

「なーに、副部長ー」

「ちょっと久実くみ、副部長はやめてー。

二人しかいないのにさ」

「えっ、酷い。伊藤さんが先に言ったんだよっ」


 お互いムッと見つめる。


 私がほっぺたをぷくっとして変顔を見せると堪えきれなくなった久実は「ふふっ」と笑いだし、私もつられて、二人で大きな笑顔を見せ合う。


「はい、久実の負けー」

「伊藤さん勝負って言ってなかったー。ズルいよ」


 普段はおとなしいけれど、素直な久実は誂うとすぐに反応が返ってくる。彼女と過ごすこの時間が楽しいし、下の教室よりずっと居心地が良い。


 ポットに水をあげながら、まだ部員じゃなかった二週間前の朝を思い返す。


 なんとなく朝早く目が覚めた私は、いつもより早い時間に登校すると、教室には誰もいなくて「つまんない」と学校の中を目的もなく、ぶらぶらしていた。


 廊下のはしっこの曲がり角。教室からだと準備室やら機械室が間にあって、普段なら行く必要がない場所。最初からあるって分かってないとわざわざ覗きに行かないであろう所に、階段があった。上を見上げると「関係者以外立ち入り禁止」と書いてある。開いていた扉の隙間から光が漏れていた。


 導かれるように入っていくと目の前には、晴れ渡った蒼い空。そして、そこには気の弱そうな小さい女の子がいた。


 あの時の久実には部員にはなれないとは言われたものの、ものは試しと顧問の先生に野菜部員になりたいと話しに行ったら思いのほか軽くOKされた。


「これから肥料やら植木鉢やらで重たいのを運ばなくちゃいけない季節になってくるからね。

川上かわかみ1人じゃ可哀想だと思っていたんだ。助かるよ」


 この顧問は部活動の手助けはしないらしい。

 私が先生の言葉に合わせて苦笑いしていると、彼女と同じクラスメイトなのも良かったらしく、

「二人が一緒にそろっていればお互い何かあった時に助け合えるだろう」とのことで。


 屋上で出会った私達は今こうやって一緒に部活動をしている。ふと、目線を上げると掘り返したミミズを「おはよ。起こしてごめんね」と少し離れた場所に入れ直してあげてる久実の姿が見える。


 さらさらで指を入れたら気持ち良さそうな髪、小動物みたいなくりっとした髪色と同じ藍色の瞳に私の頭一つ分低くて、細く小さな身体つき。でも以外と1人で重い荷物を抱えちゃうくらい力持ちで小さな身体のどこからそんな力が出てるのかとびっくりしたのが記憶に新しい。


 最初は、小さくて見るもの全てに怯えてる「ハリネズミみたいな子だな」って思ってたし今でも小動物っぽいとは思っているけど……。一緒に部活動をしていくうちに針も丸くなって今ではこうやって軽く冗談も言える仲になってきた。


「感慨深いですなー」と1人で浸っていた所で、

「伊藤さんどうしたの?疲れちゃった?」


 ちょっと困った顔をしてトコトコとハリネズミがやってくる。


「んーん、大丈夫。それにちょうど終わった所。久実も終わったなら休憩しようか?」

「そうだね、すぐ片付けちゃうから伊藤さん先行ってて」


 頷いた久実が小走りで離れていく。その背にちょっとした悪戯心が湧きあがった。


 私は軽く長靴についた土と手を洗い、部室に向かう。長靴とエプロンを脱ぎ、スクールバッグを開くと中からコンビニで買ってきたお菓子を取り出した。


「伊藤さん、今日は四色パン持ってきたんだよ」


 石鹸のついた手を水で流しながら嬉しそうに話す久実の口元に後ろからチョコを差し出す。


「はいっ、久実。口開けて」

「えっ、伊藤さん。今手洗ってるから、まっ…」

「はい、あーん。久実頑張ったし、ご褒美ね」

「んっ…、もうっ」


 勢い余って人差し指と親指の先ごと入れてしまった。濡れた舌に指が当たり、その温かさに驚いてチョコをそのまま舌の上に落とす。


 指を引き抜きながら心臓の鼓動が早くなるのを感じる。頭を軽く振って言葉にならないものを追い出してから、久実の食べる姿に視線を送った。


 久実のもぐもぐとチョコを食べる姿はひな鳥のよう。このまま食べさせ続けたら、久実は私を親鳥だと思う刷り込みができるんだろうか。


「ね、おいしい?」

「こんな食べ方したら味、よくわかんないよっ」

「これくらい、友達だったらフツーに食べさせあいっこするよ」

「本当に?みんな普通……するの?」

「する、する。」


 久実の「……伊藤さんは人気者だし、私以外にも友達多いもんね。そっか」という、ごくごく小さな声は風に阻まれ、私に届かなかった。


「指にチョコ付いちゃった。久実、舐めて」

「えっ、自分で舐めなよ」

「遠足だって家に帰るまでが遠足だっていうじゃん。これも同じだよ、ほーら」


 私達しかいないという開放感からか私は大胆になっていく。すっと久実の目の前にチョコの付いた指を差し出した。

 

 久実は指と私を見比べて、目線を下げる。反論を諦めたようで顔を近づけ、私の指先をゆっくりと舐めた。そんな久実に、引っ込ませて宥めたあの感情が呼び起こされそうになる。


「伊藤さん綺麗になったよ。これで、いいよね」

「……もう、終わり?」

「今日の伊藤さん、なんか変だよ。具合、悪いの?」


 そう言って私の顔を覗きこむ。久実にとっては私の体調が悪いように見えるみたい。


「大丈夫。ね、久実もパン持って来たって言ってたよね」


 もう一度水で手を洗うと、心配そうにこちらを見ている久実の手を取って部室に入って行った。

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日向の伊藤さんと日陰の私 猫の流し目 @memui

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