日向の伊藤さんと日陰の私
猫の流し目
第1話 私とは住む世界が違う
「ごめんなさい。屋上は部員以外、生徒は入れちゃだめって先生に言われてるから」
私の少ない勇気を振り絞って声をかける。彼女は、茶色の髪と紺色のスカートを風になびかせながら、屋上からの景色を見ていた。その後ろ姿にいわゆる陰キャである平凡な自分とは正反対、陽キャっぽい子だなと感じた。
小さく口のなかで「早くいかないと」と呟きながら校舎の壁にかかっている時計を確認する。
水やりは終わったし、そろそろ朝のホームルームも始まるから早く入口のカギを締めて教室に戻りたかった。もし、私が最後に入ったらクラス中の視線を独り占めできるだろうことはすぐに想像できる。
「こっちこそ、ごめんね。階段の下から扉が開いてるの見えて思わず入っちゃった」
風に流れた髪を耳にかけて、振り返りながら言う彼女は綺麗な琥珀色の瞳を申し訳なさそうに伏せた。
ちゃんと扉閉めてなかったんだ
毎日の事だからそこまで気にしてなかった。顧問の先生には他の生徒を入れないようにと注意されていたのに。私の不注意で彼女を責めるのはいけないな。
「先輩方が卒業して、私1人なの。だから今日だけならあなたがクラスの人とかみんなに言わなければバレないはず……だから」
罪悪感から小さくなっていく私の言葉に彼女は伏せていた目をぱっと開けて人懐っこい笑みを浮かべる。
「もちろん! 言わないから安心して。私は
慣れてない人と話すのは久しぶりで。口は開けるけどしゃべり方を忘れたように言葉が出てこない。最後には黙りこくってしまった。
伊藤さんは「んー」と唇に人差し指を当てて質問を変える。
「もしかして園芸部?」
「ううん……違うよ。私は野菜部の
「そうなんだ。野菜部って珍しいね。久実って名前で呼んでいい?」
顧問以外の先生、担任だって私を園芸部だって間違える。
そんなことよりも自分でも「人見知り」と思ってる話し方しか出来ない私に対して、気にしないで明るく言葉を返す彼女に「こういう風にクラスの人と喋れたら」という憧れにも似た感情が湧き上がる。私が小さく息を吐きながら、置いてたスクールバッグを肩にさげた。
「あの、朝の活動が終わったから下に行くね。
カギを閉めるから出てもらっていい?」
昔から私の話し方が一緒にいる人との空気を悪くしてるってのは分かってる。仲の良いクラスの人と接するように話す彼女に、人と話すのが苦手な私が愛想良くなれないのはしょうがない。
扉に向かって歩くと伊藤さんが慌てたように腕を掴んできた。
「待って久実っ。えっと……あっ、そうだ! まだ野菜部員って募集してる? ニ年生で途中からになっちゃうけど、よかったら入らせてもらってもいいかな?」
この言葉を聞いて、さすがに今度は私の方が慌てた。今までの会話の流れを見ても、彼女が野菜愛に目覚めた感じがしないことは分かってるけれど。
でも、疑問と同時に伊藤さんは人と話すのが苦手な私に寄り添うように話してくれて、以外と彼女と話しをするのは心地が良い事を感じている。だから私も明るくて優しい彼女の言葉に答えたいと思うようになってきていた。
「う、うん。とりあえず今日は顧問の先生が出張でいないらしいから明日言って。それと……ごめん。野菜部は来年廃部になる予定だから新しく部員は入れないことになってるの」
部に入ってくれるという彼女に答えてあげたいと思い始めても、これ以上先の事は明日の伊藤さんと先生の問題になってしまう。
「そろそろ予鈴が鳴るから、急ごう」
入口の扉を開けて彼女を急かしながら屋上から出す。忘れ物がないか軽く周りを確認した後、カギを取り出し、施錠する。
後は先生に提出する日誌にいつものように書いて終わり。昨日までの朝と違ったのは、屋上で彼女と会った事。先生には、少しだけ嘘をつかないといけない。
その時、予鈴が鳴ってしまい急ぐように隣を見ると、新しい部員になるかどうか分からない伊藤さんは私に向けて優しく微笑んでいた。
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