02 革命裁判所  Tribunal révolutionnaire

「……以上により、王妃マリー・アントワネットはその腹を痛めた息子と姦通していた、との証言を得ております。それも、その息子たる、かしこくもルイ十七世陛下からです!」


「黙りなさい! これは侮辱です! 黙りなさい!」


 「理性の祭典」のひと月前。

 革命裁判所。

 マリー・アントワネットは被告席に立たされ、内通、公費乱用、背徳行為、脱出計画といった多くの罪で死刑を求刑された。

 ところが彼女はその突きつけられた罪を、ひとつひとつ否定し、反論し、ついには無実を勝ち取るかと思われた。


「判事、発言を求めます」


 ここでエベールが検事代理として、告発をしたいと申し出た。

 彼はその後退した額を輝かせ、満面の笑みで、冒頭の「証言」を述べた。

 結果、マリー・アントワネットは激昂し、傍聴人の多くも驚き、場は大混乱を極めた。


「ルイ十七世は、あと、エリザベート内親王殿下(ルイ十六世の妹)とも近親相姦をしたと申しておりますぞ! かようにフランス王室はけがれている! 汚獩おわいだ! 汚獩は抹消すべき!」


 エベールは、その後も、フランス王室の品位を地の底に落とすべく、大っぴらに卑語で罵りつづけた。 

 だがこういう時は、得てして言われた方が冷静になるもので、エベールが調子に乗って叫びつづける間に、マリー・アントワネットは冷めた目をして、聴衆の――特に女性の傍聴人に向かって、語りかけた。


「女性のみなさん、特に母親の方々、お聞きになりましたか」


 マリー・アントワネットはごく普通の声量で話したため、かえってエベールの声は雑音として聞こえ、次第に傍聴人たちは、男性も含めて、マリーの言葉に耳を傾け始めた。


「これは――すべての女性に対する侮辱です。みなさんはこれ以上の侮辱を、お聞きになりたいですか?」


 エベールは傍聴人たちから冷たい視線を浴びた。

 それでもエベールは口汚く罵ることをやめようとしないので、ついに退廷を命じられた。


「エベールは何をやっているのだ!」


 退廷を命じたマクシミリアン・ロベスピエールは、拳を卓にたたきつけた。

 気鋭の弁護士として鳴らしていた彼は、エベールの稚拙極まりない「証言」に、怒り心頭であった。

 あんな誰もが信じられないような「証言」で、マリー・アントワネットに死刑を求刑できるとは、法廷に対する侮辱である上に、革命家の面々が「何も考えていない」と思われても仕方のない所業だ。

 公安委員会の中心的役割を担うロベスピエールは、エベールを排除対象と判断した。

 だがエベールは、新聞「デュシェーヌ親父」という強力な武器を手にしている。

 その排除には、慎重を要した。


「……こうなると、エベールの主催する『理性の祭典』とやらも、とりあえずは見のがすほかないか」


 ロベスピエール自身は霊魂の不滅を信じており、このような無神論的な「興行」は目に余るものがあった。


「くだらん『興行』だが……やらせておこう。それよりも、どうやってここから裁判をにするかが問題だ」


 かねてから反対していた「理性の祭典」に対し、黙認とも言える姿勢を示し、エベールをそれに傾注させる。

 そうすることによって、エベールならびに「デュシェーヌ親父」の耳目を、この裁判から離す。


「まずは革命裁判を執行することだ、粛々と」


 だがその間、嬉々としてノートルダム寺院理性の神殿の飾りつけにいそしむであろうエベールを見張る者が要る。


「……そうだ、ふさわしい者がいた」


 ロベスピエールは、妹の交際相手であり、同じ山岳派である、還俗僧のフーシェという議員を思い出した。

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