ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる

第1話 義弟に殺される悪役令嬢です



 ガラスを打ちつける音がして、ふと外を見た。笛音を立て寒風が吹き荒び、白い闇が冬の夜を覆う。


 ピフラは生温い氷嚢ひょうのうをないとテーブルに置き、ベッドを出た。飲むのを躊躇していた薬湯を、ようやく口にする。肝心の薬は沈澱しており、上澄みだけを飲む。それでも草木や土に似た臭いがして、ピフラは渋顔を作った。


 記念すべき初の風邪は、慮外に辛かった。しかも、よりにもよって今日は14歳の誕生日。これも、大人になるための登竜門なのだろうか。体は鉛のように重く、こめかみが拍動するような痛みを覚える。


 きっと、昼間のガーデンパーティーの疲れだろう。やりたくもない自分の誕生日会を、企画から実行までしたのだ。病の1つや2つに罹ったところで、なんら不思議はない。

 

 部屋の灯火を反射する窓ガラスは、鏡のように室内を映す。ピフラは、鏡裡きょうりの自分と視線を交わした。


 すると、なぜだろう。誰よりも見慣れたはずの顔に、妙な違和感を覚えた。


 白磁の肌に薄紫色の大きな瞳。緩い弧を描いた、プラチナブロンドの髪。視線を素早く走らせれば、散り散りの違和感がより集まっていく。体の不調が増幅していく。


 ──瞬間。雷が落ちたかのような、激しい衝撃が脳に疾った。血液の流速が格段に上がる。そして、膨大な記憶がピフラの頭に甦ってきた。


「わたしはピフラ・エリューズ……。って、あのピフラなの!? ここって、まさか『ライブ♡ハート』の世界!?」


 そうだ、思い出した。前世の自分は、とあるゲームをプレイしていた。それが『ラブ♡ハート」。異世界転移したヒロインがイケメンを攻略していく、所謂乙女ゲームだ。


 当時、ラブ♡ハートは乙女ゲーム界隈を風靡した。業界屈指の美麗作画と、豪華声優陣が織りなす、甘美なイケボ。

 プレイヤーたちは口々に言った。


「眼福すぎて視力が上がりました」

「鼓膜が蕩けたので集音器を購入しました」

「毛穴が引き締まって肌艶が良くなりました」


 などと、ラブ♡ハートは大きな乙女達を、大いに熱狂させた。

 特に人気だったのは、攻略キャラの「回想」である。攻略が進むと、キャラの生い立ちの回想シーンが見られるのだ。


 中でも、大魔法士の"ガルム・エリューズ"の回想は、ボリューム満点だった。

 彼は所謂"ヤンデレ"キャラクター。病的な愛情を抱き、手段を選ばずヒロインを手に入れようとするキャラである。


 ガルムのヤンデレ所業は、多岐に渡った。

 例えば、探知魔法で常にヒロインの動向を監視する。また、男と接触しようものなら、自宅の地下牢に監禁した事もあった。


 そんなガルムの回想シーンは、彼が"心を病んだ理由"にフォーカスされた。"ピフラ・エリューズ"は、その回想に出てくるガルムの義姉あね。ガルムを長年虐げる悪役で、ヤンデレ化した彼に殺されるキャラだ。


 ──バサッ! ピフラは天鵞絨のドレスをたくし上げ、部屋を飛び出した。


「ピフラお嬢さま!?」


 廊下ですれ違うメイド達が、口々に叫ぶ。


「転んでは大変です!」

「御用でしたらわたくし共が!」


 けれど、ピフラは耳を貸さない。脇目も振らず、とにかく走った。厚手のドレスがもつれ、新調したばかりの靴で何度も躓く。しかし焦燥感が、ピフラを前へ前へと突き動かした。


(これが本当にゲームの世界なら……! どうか、どうか杞憂でありますように──!)



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ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!? 三月よる @3tsukiyoru

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