第8話
◇
病院に到着すると、俺はすぐさま受付に飛び込み、いくつかの事を伝えた。
「面会希望です。これが身分証明書。塩口
「えっ、あっ、はい」
受付の人はだいぶ混乱していたが、こちらは急を要する事態だ。これくらいの事は許してほしい。というか、石本さんがどうにかしてくれると信じている。
二人は慌ただしい状況についていけてないのか、ずっと押し黙っている。というかまぁ、一人は会話も出来ないのだが……
「塩口さん、ですね。問題ないとのことですので病室へどうぞ。番号は543番号室です。石本さんも向かっているそうですよ」
「ありがとうございます。あ、それと。塩口を名乗る横柄な男は絶対に通さないでください。彼は凶暴ですから、何をするか分かったものじゃありません」
「きょ、凶暴……?」
「じゃあ行くぞ二人とも」
エレベーターに早足で乗り込み、スムーズな動きで五階に到着する。勝手を知っている廊下を進み、543と書かれた部屋に入る。
そこには、ベッドで横たわる一人の老婆がいた。俺のお袋だ。
「あら、しょうちゃん……どうしたのその顔。もしかして実來がなんかやったね?」
「さすがお袋。見透かされてるな……」
お袋の声は老いを感じさせる優しいものだ。しかし、そんな中にも怒りがにじみ出ている。実來は温厚なお袋をやかんにする天才だったのだ。
「その二人は……確か優子と優輝と言ったか。元気にしてるかい?」
「は、はい……!」
「……ぁ、い」
「なるほど――優子はここに隠れてな。優輝は今から来るお医者さんに診てもらってくれ。そしてしょうちゃん。話がある。よぉく聞くんだよ」
俺はその言葉に固唾をのむ。お袋の「よく聞け」は聞き逃すととんでもなく損をする。言葉に価値がある。お袋はそういうものなのだ。
「彼らの肩甲骨の間に紋章があるはずさ。それを愛を持って押してごらん。きっとあの呪いは解ける。さぁ、優子。やってごらんなさい」
「は、はい……!?」
了承しながら理解できないといった声。その気持ちは分かるが、仕方ないものは仕方ない。お袋は、俺が「人間道具」と一言も言わないままに解除方法を教えてくれた。脈絡がないように思えても当然だ。
「こ、こうですか……?」
服を首元まで上げ、背中を露出させる優子。そこには、確かに奇妙な紋章があった。
俺は慎重に、それを愛を持って押す。
「これで治ってくれ――!」
「うっ……!」
苦しみにあえぐ声が聞こえた。刹那、紋章は嘘のように消えてしまう。
「これで治った……のか」
俺が呟くと同時に、白衣の男が入ってきた。
「翔人……またか。はぁ……今度は何用ですか?」
「この少年を診てくれないか。後遺症が残らないようにしたい」
「……僕の専門は違うんだけどなぁ」
「頼む! お前にしか頼めないんだ!」
「分かったよ。じゃあ――」
その言葉を、ドアを開ける音で遮る闖入者。
「ついに来たか。ガキ」
「俺様の道具になにしてやがんだよ。兄貴」
場の空気は一瞬で一触即発に変わる。
そんな実來の手には大きな帽子のようなものが――いわゆるヘッドマウントディスプレイというやつに見える――あった。
これこそ、
「優子! 優輝! 戻ってきて! お母さんと一緒に御飯食べよう!」
「……嫌だ!」
「なっ!?」
横から出てきた奏音さん――いや奏音の言葉を優子が叩き切る。
「もう、あんな道具としての生活は嫌! なのにいきなり気持ち悪い愛で近づかないでよ!!!」
「あったまきた。こっち来い」
器が小さいのか、すぐさま青ざめた顔で顔に血管が浮かび上がる。
「ほら兄貴。その二人寄越せば大事にはせん。ようけ考えてみ。実利ってもんを」
「――喝!」
ひときわ大きな声を張り上げたのはお袋だった。
「もういい加減そんな事はやめなさい! じゃないとそれ、ぶっ壊しちまうよ!」
「はっ、死に目のババアに何ができる」
「〈人は惑うものであり、惑わされるものでない。人は道具を使うものであり、使われるものではない〉」
その声は、やけに胸の奥深くまで広がったような気がした。
「――で、それがなんだよ。どうにもなってな……!」
「気付いたかい? そんな呪物、秘密のコードくらい隠し持ってるに決まっとるよ」
「……この!」
ついに我慢できなくなった実來と奏音が、狭い病室の中へ押し入ろうとした。
しかし、今までの時間稼ぎは成功したようだった。
「「「「暴動ヲ検知。対処シマス」」」」
そんな機械音声が無数に聞こえてきた。
これは暴行対策用ロボット、
これの対人捕獲能力はとんでもない。どんな筋肉ダルマでも1時間動けなくすることが出来る性能を単体で持つ。
今回は4体いるので……まぁ、結果はお察しの通りだ。
「全く……最初から最後まで、全部親父が巻き起こした騒動に思えてきたな」
「そうだね。あたしもそう思うさ」
「ははは……」
人間道具 -ヒトマドウグ- ねくしあ@7時9分毎日投稿 @Xenosx2
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