横に座っていいですか?

頭野 融

第1話

 外の見える大きなガラス張りの喫茶店。あまりにも日射が暴力的すぎて、アイスコーヒーに縋るかのように入った。チェーン店なので味は期待していなかったが、豆は日替わりとブレンドの二種類から選べたので日替わりにした。苦味よりも酸味が強くて、今の自分にピッタリだ。


 そのガラス張りの席が空いていたから、眩しかったり、暑かったりするかもと心配

だったがそこにすることにした。案外、問題は無くて安心している。ぼーっとグラスを傾けると氷同士が触れ合う音がする。心地よい。人へのプレゼントを見繕うために、ちょっと都会まで出てきて店をはしごしているわけだが、時間には余裕があるから、心置きなくぼーっとしている。


 外には、十分くらい前の僕と同じように暑そうに歩く人でいっぱいだ。夏休みに入ったから学生も多い。学生の僕が学生を学生と呼ぶのはおかしいかもしれないが。ふと目に留まる人が居た。黄緑色で軽めの素材のTシャツとゆったりとした白のパンツ、スニーカーの男の人。若そうだけれど学生という感じでもない。歩くのは少し早いかな。スーツでもないしサラリーマンという雰囲気でもない。


 でも、歩く姿勢はよくて、不思議と惹きつけられた。カランカラン――。お店のドアのベルが鳴る。さっきの人だ。不自然にならないように少し右側を見る。結構、背が高いんだな。さっと顔を前に戻して、素知らぬふり。それでもバレていたのか、そんなわけはないと思うんだけど、こっちに近づいてきた。



「横に座っていいですか?」



 驚いた。驚いたけど、びっくり仰天という感じではなくて、なんとなく予想通りだった。そう思っているのは頭だけだったようで、語尾を噛みながら、どうぞ、と言った。


 このお店よく来るの? と訊かれて、いや、この辺に住んでるわけではなくて、知ってるチェーンだから休憩がてら寄っただけです、と答える。ふうん、そうなんだ。と涼しい顔で言われた。そういえば、この人、全然、汗かいてないな。ってか、こういうのってマルチ商法の勧誘だったりするのかも。


「あ、いま怪しい勧誘かもって顔した。分かりやすいね」


 なんでバレたんだか。ポーカーフェイス、得意なはずなんだけどな。まあでも、この人の表情の完璧さには負けてしまう。本当に爽やかな話し方と表情だから。


「特に理由は無いんだ、話しかけたのには。ただね、なんとなく視線を感じてね、入ってみたの。それで、きみのところに座ろうかなって。迷惑だった?」


「この世には二種類の人間が居てね、どこかのホストみたいなこと言ってるね、僕。この世とか言い出して、これはこれで怪しいな。うーん、どんな話が聞きたい?」


 真っ先に思いついたのは、あなたは何者ですか、とか、何の仕事してますか、とか、何歳ですか、とかだったのだけれど、そんなことには答えてくれそうになかったし、答えた途端に消えちゃうんじゃないかと思って、なんだかよく分からないことを尋ねた。その後は、この人の心地よい声を聞いていた。


「あるところにね、美味しそうな果実がなっていてね、見た目だと種類とかは分からないんだけれど、美味しそうという魅力があったんだ。でも、その樹は自分のものでもないし、第一、手が届きそうにない。誰か知り合いが周りにいるわけでもなくて、諦めるしかなくて。だけど、樹を揺らせば落ちてくるんじゃないかと思って、ちょっとちょっかいをかけるんだよね。そうすると、案外うまくいって、こう、実が傾いて、それで枝からも少し離れたような気がした。だけど、これって樹と実を傷つけているんじゃないかと気付いて、それでやめてしまった――もう、きみのコーヒー無くなっちゃったね。これで買ってきたらいいよ。」


 目の前に出された千円札を眺めて、でも、出されたものを拒むのも失礼かなと思って、でも、多分これを受け取ったら関係がそこで終わってしまうような気がして、でも間が持たなくて、小さな声でお礼を言って、レジに向かった。いつの間にか店内は混んできていて、レジには列ができていた。席の方は列に並んでいる人のせいで微妙に見えなくて、でも、自動ドアの横に居るから、あの人が出ていっていないことは分かって、それがせめてもの安心材料だったのだけれど、席に戻ると予感の通りその人はいなくなっていた。都会のお店だし、入口が二つあるタイプのつくりだったのかな、と思いついて、でも確かめるのは嫌で。二杯目のコーヒーを飲んだ後は、そそくさと駅ビルの方に歩いて行った。背が高くて姿勢がよい人を見かけるたびに、顔を確認したくなるのだけれど、今となっては顔もおぼろげで、そういえばSNSでも交換すればよかったんじゃないかと気付いたりして。


 駅ビルに着いたら、あまり入ったことのない雑貨屋に行った。そこであまりよく分からない果物がモチーフの小皿を買った。重くて少しだけ後悔した。

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横に座っていいですか? 頭野 融 @toru-kashirano

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