ハイパーインフレ異世界生活
塩茹でスパゲッティ
ある転生者の日記
お父さん、お母さんへ
お元気ですか。僕はこっちでもうまくやっています。
持っていた全ての株が大暴落したことによるショック死で転生してきたわけですけど。
…いや、自分でも思いますよ。あまりにも情けない死に方だったなって。女神様的な人に自分の死体を見せてもらったんですけど、まあ…僕は白目ひん剥いて泡吹いて倒れてたわけですよ。死因聞いて笑いこらえてた女神様もここで吹き出しちゃって。
…まあそんなこんなで異世界に来たわけですが、最初はまあ本当に普通の異世界だと思ったんですよ。本当に。中世のヨーロッパ風の家が軒並み建っている、いたって普通の異世界だったわけで。
そう思っていた時期が僕にもありました。街並みなんてどうでもいい。僕がこの異世界の奇妙なところに気付くのはもっと後でした。
僕が最初にこの異世界のおかしなところに気付いたのは、冒険者ギルドで見たクエストボードでした。まあそこには様々な依頼があるんですが、
『スライム討伐 10体 50000000000000ギル 初心者オススメ』
『ドラゴン討伐 1体 900000000000000ギル 上級者求』
思わず目と口が開きましたね。0が多すぎる。理解が出来ませんでした。
さらにびっくりなのが誰もツッコまないんですよ。まるでこれが当たり前かのような感じで。脳の処理が追い付かずアホ面晒してる僕のことを周りは奇人を見るかのような目で見てるんすよ。見世物ちゃうねん。散れ散れ。
そういえば異世界がどんなところなのか女神様に聞いたとき、 女神様は、「まあ、株の暴落で死んだあなたにはピッタリですよ。(笑)」て言ってた気がするんですよね。どうゆうことじゃコラ。
あと、女神様は「あなたには冒険者用の加護と装備を渡しておきます。」とも言っていたんですよね。他にやることもないし、とりあえず冒険者になろうと思い、ギルドの受付のお姉さんに聞いてみることにしました。
お姉さん曰く、冒険者になるには適性試験みたいなのを受ける必要があり、ちょうどそれが明日…これを書いた日の一日前にあるらしいです。場所は闘技場で内容はモンスター討伐、それも簡単なモンスターを倒すというものとのこと。
簡単なモンスター討伐とはいえ準備は必要なんで街に出ることにしました。女神に渡された剣と10兆を持って。ちなみに金貨(この世界での銅貨一億個)一万枚入った袋が10封で10兆だったんですが、さすがにインフレの極致だと思いましたよ。金の計算が面倒すぎる。
3兆で薬草を計3つで買った雑貨屋でお金の話を聞いてみると、この国は経済難とのことらしいです。つまりこのバカみたいな桁はインフレのし過ぎが原因とのこと。ふざけんなクソ女神。なにが「ピッタリ(笑)」だよホント。
どうやら、隣国が他国や魔王軍との交戦をしていることが主なインフレの原因らしいです。この世界にも魔王がいることに感心しつつ、やはり貨幣制度である以上異世界もインフレから逃れることはできないらしい。そんな風に考えながら、僕は1兆で取った宿屋のベッドで目を閉じました。
窓から差し込む朝日で目を覚まし、宿屋で朝食を食べた僕は、適正試験会場へと向かいました。会場は宿屋の近くにある闘技場で、中にはたくさんの受験者がいました。
そんな中、特に目立った受験者が一人。その人は黒を主体としたのローブを身に着け、身の丈ほどもある杖を持っていました。おそらく魔術師のように見えるその人は他の受験者と口論をしていて、攻撃的な口調で相手に反論していました。その姿は妙に印象に残りましたね。
さて、そんなことを考えていると試験官らしき人が一人、入口から入ってきまして試験の内容を説明し始めました。試験官が言うには、今回の試験の討伐対象は
『ウェアウルフ』というモンスターらしいです。
試験の説明の後、順番に受験者が闘技場の中に入っていきます。そしてふと周りを見ると、自分のステータスを確認してた人がいました。見よう見まねで自分もステータスを表示させると、ステータス表示の中にこんなものが。
『【環境1位】これだけで最強‼ぶっ壊れチート級女神の加護』
なんだこれ。女神の頭までインフレしてんのか。恥ずかしくないのかこんな名前付けて。しかも下に『声に出して詠唱することで使用できます』と書いてある。嫌なんだけど。前世の死に様があれでも俺にだって羞恥心はまだ残ってる。ふざけんな。思わずステータス画面を閉じました。
まあそんなこんなでいよいよ僕の番。試験管の指示に従い、闘技場の奥へと進んで行きます。
奥は壁に囲まれていて、中央にはおそらくウェアウルフと思わしき生物が三体いました。
試験官の合図とともに、二匹の狼が襲い掛かってきたのを後方にジャンプすることで避け、さらにもう一匹が追撃で噛みついてきたのを持っていた剣で反撃します。
いい感じに善戦しますが数では向こうの方が有利。だんだんと追い詰められていきます。そんな中、女神の加護を思い出し、このままでは埒が明かないと頭では理解しつつも、あれを声に出さないといけないという恥ずかしさがやはり引っかかってしまいます。それでも背に腹は代えられない思いで、
「力を貸せ‼チート級女神の加護‼」
言ってしまった。そう後悔したと同時に、体から力が湧いてきました。ウェアウルフに向かって斬り掛かると、まるで時が止まったかのように周りが見え、一瞬にしてウェアウルフを通り過ぎ、振り返ると後ろでウェアウルフが倒れていました。
瞬きするより早く、残ったウェアウルフ2体を続けざま斬ったとき、試験官はあんぐりと口を開けていました。自分でもこんなに速く動けるのはおかしいと思いステータスを開くと、全てのステータスがさっき見たときより大幅に上がっていました。
『戦闘終了まで所持金の数だけ自身のステータスが全て上がる』これが女神の加護の効果らしいです。インフレし過ぎたこの世界ではまさにチート級と言える効果。この部分に関してはまさにピッタリに感じます。にしても発動条件はどうにかならなかったんですかね…。
まあそんなこんなでウェアウルフを三体倒したので試験はもちろん合格。しかし闘技場に戻ってみるとなぜか他の冒険者が笑いをこらえていましてね。嫌な予感がしたところにさっき喧嘩してた黒のローブの魔術師が寄ってきて
「アンタが叫ぶ声、こっちにまで聞こえてきてたわよ。」
と言いましてね。
…もう僕死にたいですよホント。
――そんなこんなでギルドで冒険者の証を発行してもらい、晴れて冒険者となったのですが、どうやら正式にクエストを受けるには最低二人以上のパーティーを組む必要があるらしいです。
空きがあるパーティーを受付のお姉さんに調べてもらうと、空いているパーティーが一つ、それも一人のパーティーがあるとのこと。
どうやら一週間以内に仲間を見つけることを条件に無理くり一人でパーティーを作った、そうお姉さんは迷惑そうに話していました。ずいぶんと都合のいい話だが、やはりこの世界でも横暴な態度の人はいるもんだなと思いつつもその人に会うことにしました。
あそこに不貞腐れた様子で座ってるとお姉さんが指した方向には、見覚えのある黒のローブが。まさかとは思いつつも声を掛けてみると
「あ‼ アンタは試験で大声で叫んでた人‼」
そう大声で言われました。叫んでた人って。普通に恥ずかしいからやめてほしい。
「何? 私とパーティを組みたいの?」
「ええ。まあ。はい。」
「嫌だね。あんな恥ずかしいことする人。」
そうそっぽを向きながら魔術師は言いました。もうやめてくれ。
「あ、いやでも、前衛として役に立つとは思いますよ…。」
「ふーん、ならタイムは。」
「え?」
「ウェアウルフの討伐タイムよ。試験官が計測してたでしょ。」
そう言われ、タイムを思い出す。確か…
「えっと…。だいたい1分くらいですね。」
そう言った途端に、魔術師の人は脳の処理が追い付いていないようなアホ面になりました。これ、俺が初めてクエストボードの金額を見たときとおんなじ顔をしてるな。しかしすぐ元の顔に戻り、
「そ、そう…。まあまあじゃん。ま、まあ私より遅いけどね。」
それ絶対嘘ついているときの反応だよね。そう思ったものの口には出しませんでした。むしろ、この状況を面白いと感じ、利用できると思いましたね。
「そうですか。まあ、それくらいの実力があるなら、僕が仲間にならなくても人は集まりますよね。」
「うっ。」
「ならわざわざ叫びながら戦う人を仲間にしなくてもいいですよね。」
思わず出来心でこんなことを言ってしまった。まあ仕返しとしては十分だろう。そう思っていると向こうは、
「ふ、ふーん。そう。でも、こっちのパーティーには空きがあるし、ア、アンタみたいにいちいち叫ぶような人でも仲間にしてあげてももいいわよ。」
ごめんなさい嘘つきました。まだ十分ではないようです。
「いやでも、さっき自分で嫌だって言ってましたよね。」
「あ、あれはその…。分かった取り消す。これでいいでしょ。」
「うーん。でも嫌々で仲間になってもなぁ…。”お願い”だったら仲間になってもいいけどなぁ…。」
「…ッ‼ 分かった‼ 私の仲間になって下さい‼ これでいいでしょ‼」
「いいですよ。これでパーティー成立ですね。」
ちょっとやり過ぎたかもしれない。罪悪感を抱きつつもこれで晴れてパーティーは成立。ようやく冒険者として第一歩を踏み出すことができました。高飛車な魔術師と共に。
――と、まあこれが不景気でショック死した僕の異世界冒険者生活の始まりです。これから先、何が待っているのか。高飛車なパーティーの魔術師とは仲良くやっていけるのか。そして、この極まりに極まりまくった異世界のインフレは止まるのか。…まあ、また何かあればここに書いていこうと思います。それではまた。
ハイパーインフレ異世界生活 塩茹でスパゲッティ @sprint
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