第2話

 窓から入ってくる陽気な光で目を覚ますと、カーテンを閉め忘れて寝てしまった為か、窓からは絶え間なく光がこちらに降り注いでいた。


 起き上がると同時に、耐え難い痛みが体全体を走った。

 昨日負ったダメージがまだ抜けていないみたいだ。


 自分は回復をしていただけで戦っていないのにこの様とは、朝だと言うのに自分の情け無さに気が滅入ってしまう。


 ――


 朝食を済ませて直ぐに荷物を纏めて宿を出ると、出入り口のすぐ近くにスズナがキョロキョロと辺りを見渡しながら立っていた。

 誰かを待っているのかと少し気にはなったが、俺は足を止めず、集合場所である町の入り口へ向かおうとする。


「あっ! ちょっと待ってくださいヒロさん!!」


 すると慌てた様子で、スズナは俺の元まで走ってきた。

 誰かを待っていたわけではなかったのか?そんな疑問を抱えながら挨拶を交わす。


「おはようスズナ。なるべく早く集合場所に来るんだぞ」


 俺はそう言って、その場から逃げるように立ち去ろうとする。

 スズナを見て直ぐに、昨日の夜での出来事を思い出したのだ。


 あんな態度をとってしまった以上、合わす顔がない。

 いや、それは言い訳だろう。自分はあんな態度で接してしまったが故に、スズナと会話することを気まずく感じているのだ。


 スズナとは反対側に足を踏み出した途端のこと、この場から離れることを許さないというように、スズナは俺の袖の裾をギュッと両手で掴んで、何処にいく気なのかと言わんばかりに引っ張ってくる。

 

「ちょっと待ってください、ヒロさんと一緒に集合場所に行こうとしてたんです! 部屋にいるのか確認もできなかったので、一度宿から出て辺りにいないか探してたのですよ…」

「そうだったのか……なら、待たせて悪かったな」

「いえ! 早速向かいましょ!」


 違う。俺が謝るべき事は、他にもあるはずだ。

 俺は少し声の大きさを小さくしながら、目も合わせずに口を開く。


「……昨日は冷たい態度をとってしまって悪かった。疲労から気が立ってたみたいなんだ」


 俺という人間は、未だ悪いことをしたら謝るなど言った行為に抵抗がある。直ぐにでも直さなければならない、自分のダメなところだ。

 そんな俺だから、いつも謝るにしてもこのように、情けない姿になってしまうのだ。

 

 だが、そんな俺にスズナは嫌な顔を少しも見せずに「ヒロさんに嫌われてなくてよかったです」と、明るい笑顔を向けてきてくれたのだ。


 ――


「お前ら、今日は一段と気合を入れて、警戒を解かずに行動しろ。久しぶりのリーダーである私からの命令だ」


 勇者は真剣な顔で、俺たちにそう伝える。

 いつにもなく真面目なその顔に、俺を含めた3人は不思議そうな顔を浮かべていた。


「なぁリーダー、気をつけるつったって何をどう気をつけたらいいんだ?」


 俺から質問をしようと思った事をキズナは問いかけてくれ、早速勇者はそれについての解答を始める。

 

「この先には『地獄の門』へと繋がる場所があるとされている。私たちは今から、そのダンジョンを通って先へ進む。もし仮にそのゲートに触れたら最後、地上へ戻ってくる事は、非常に困難なものとなるそうだ」

「ならばそのようなダンジョン、わざわざ通らなければいいんじゃないか? リスクは避けるべきだ」

「なら君はそうするといい。そのダンジョンを通るか否かで、次の目的地への到着に1ヶ月は変わってくるのだから」


 先日話した通り、俺たちはまだ冒険を始めてからあまり先へと進めていない。これ以上時間を延ばすべきではないのもわかる。

 だがやはり、リスクはおうべきではないと言った考えもある。俺はどちらかを直ぐ様選ぶ事が出来ず、揺らいでしまった気をどうにかしようと、スズナにも質問を投げかけた。


「スズナ、君はどう思う?」


 スズナは会話に参加できていなかった為、急に話題を振られてしまったと少し慌てた態度を見せながら、間を置いた後、「1ヶ月も変わるのなら……」とダンジョンに挑む意志を見せた。


「そうだな。やはり1ヶ月も変わるとなると、多少リスクを負ってでも挑むべきか…」

「スムーズに決まってよかったよ。私はもう少し話が長引くと思っていたからね」

「そんなグダグダした態度を取るやつがいたら、アタシがミンチにでもして食ってやるよ」


 そう言ってキズナは無邪気に笑っているが、膨らんだ力こぶを見て、先ほどの発言が冗談には聞こえなくなってしまった。


 ――


 街から数分が経過して何もない茂みを進んだ後、早速洞窟型のダンジョンの入り口が見えてきた。

 本来ダンジョンとはもっと町から離れたところにあるもので、これはとても異様な事となっている。

 既に俺は、このダンジョンに嫌な予感を覚え始めていた。

 

「あ? 誰かが入った後が、全くと言っていいほどねぇな」


 キズナは出入り口の土や匂いで、そのような事がわかったそうだ。

 

 確かにダンジョンというものは、大抵多くの冒険者が行き交う為、足跡や装備などから発生しているゴミが辺りに散乱し、魔獣や人の血の生々しい臭いがするはずなのだが、ここには全くと言っていいほどそれが存在しない。


「誰も足を踏み込もうとはしない。それほどのダンジョンという事みたいだな。私も今回ばかりは、気を引きめないといけなさそうだ」


 そう言って勇者は、長い髪を後ろへ束ねて気合を入れて見せた。

 いつも本気を見せない勇者だが、今回ばかりは警戒しているみたいだ。

 かくいう俺も、いつもよりか鼓動は高鳴ってきており、それを落ち着かせる為に何度も息を深く吸っていた。


「それじゃあ行くか。…お前ら、くれぐれも気をつけろよ」

「へいへい、わかってますよ」


 勇者を筆頭に、俺たちはダンジョンへと足を踏み入れた。

 洞窟のような構造の為、中に光は入ってこないが、光虫達が蔓延っており、中の様子は目を凝らさずとも見えてくる。


「ん? おい何してんだスズナ! 早く入ってこいよ!」

 

 後ろを振り返ると、スズナは未だダンジョンの中には入れておらず、出入り口付近で立ち尽くしていた。

 見たところ、この暗く何が起こるかもわからないダンジョンに怯えているみたいだ。


 スズナは出会った時から、少し臆病なところがある。

 あるモンスターの前では腰を抜かし、俺はスズナを背負いながら戦ったこともあるくらいだ。


「大丈夫だスズナ。何かあっても俺がまた治してやるから」

「それじゃあ……ダメなんです」


 苦しそうな顔を浮かべながら、彼女は決心したかのように手に持っていた杖を握りしめて、ゆっくりとダンジョン内へと入っていく。

 

 今の発言は確かにダメだな。また治してやるって、つまりは怪我を負うかもしれないと言ってるようなものじゃないか。

 こう言った気遣いは未だにあまり上手くいかない事を反省しつつ、俺もダンジョン内へと足を進めた。


 ――


 ダンジョンの中へ入ってから、どれほどの時間が経過しただろうか。

 明確な時間は計れていないが、今で恐らく10時間近くは経っている筈だ。


 普段もこれ程の時間がかかる事はありはする。

 だがそれは、ダンジョンで出現する魔物などを討伐するなどしていて時間がかかるからであり、単純なダンジョンの距離の長さで、ここまでの時間がかかる事は今まで一度としてなかった。


「一体どこまで続いてんだよ……魔物は1匹も見当たらねぇし、つまんねぇ……」


 ただ先へと進むだけの作業にイラつき始めたのか、キズナはブツブツと独り言を垂れ始める。


 だが確かに妙だ。本来ダンジョンというものは、定期的に魔獣などが現れ、それらを狩って先へと進むもの、これ程までの距離で1匹も魔獣に遭遇しないダンジョンは初めてだ。


「リーダー1つ聞きたいんだが、ここの情報は『地獄の門』の話以外は何もないのか?」

「そうだな。私が聞いた話はその話と、最奥にダンジョンボスがいる事だけだ」

「何だ!? ここにはボスがいるのか!! そういう事は先に言えよリーダー!!」


 ダンジョンボスの話を聞いて、キズナは先程まで怒っていたのが嘘のように上機嫌になる。

 

 ダンジョンには時折ボスと呼ばれるものが存在していることがあり、そいつを倒せば希少な素材や、多くの経験値を獲得することができる。


 その為俺自身も、普段はダンジョンボスと聞けば気分が上がるのだが、今はそんな気分でもいられない。

 リーダーでさえも、このダンジョンの異変の正体を知らないとなると、警戒心を最大限まで強めないわけにはいかなくなるからだ。


「私のレベルは今でようやく79になる。ボスを倒せば、ようやく80の大台に突入できるかも知れない」

「アタシも70レベルが見えてくるぜ!!」

「だが大量の経験値を得られるかも知れない代わりに、それ程までの相手と戦うことになるんだ。気を引き締めて行かなければ」

「ったくわかってるよ。いいな、既に80過ぎてるやつわ、余裕があって」


 そんなつもりで言ったのではないが、どうやら怒られせしまったみたいだ。


 長年積み重ねてきたものではあるから、自分のレベルを誇らしく思う事はあるが、別にレベルのことを自慢しようだとかは思った事がない。


 それに俺はレベルが高いだけで、皆のように戦えやしないからな。

 魔力が無駄に高いだけの、見せかけの高ランカーでしかない。


「おっ!? ボスはあそこにいるんじゃねえか?」


 キズナが指をさした先には、大きな扉があった。

 キズナのいう通り、あのような場所にボスがいる事は多い、その為あの扉は慎重に開かなくてはならない。

 開いた瞬間ボス戦が始まる事になるからな。


「少し休んでから行こう、私はもうクタクタだ」


 扉を発見して直ぐに、リーダーはその場に座り込んだ。

 俺としてもここで一度休んでからボスには挑みたい。もう体力的にも、極度の緊張により精神的にも限界だ。


「つまんねぇ事言ってんじゃねぇよリーダー。休憩なら、ボスを倒してからでも出来るだろ?な!!」


 キズナは圧をかけるように話すと、リーダーは面倒くさそうにしながら立ち上がり、仕方がなさそうに早速向かう事を許可した。


「良かったのかリーダー? キズナは兎も角、俺たちはもう体力の限界だぞ?」

「だったらお前から説得してくれ。あいつは一度言い出したら聞かないじゃないか」

「それじゃあ行くぞー!!!」


 キズナは叫びながら扉へ向かう。確かに会話が出来そうにない事を理解して、俺たちも渋々扉へと走った。


「……ヒロさん。万が一の事があっても、私は回復しなくて大丈夫ですからね」


 走っている途中、急にスズナはそんな事を言い始めた。

 どうしてしまったのかと思っている間に、キズナは俺たちに確認もしないまま、早速扉を開けてしまう。


「お前ら会話は後にしろ。…始まるぞ」

 

 これから始まる戦闘のために皆は構えをとったが、扉の中を見て、皆はその構えを一瞬にして緩めてしまう。


「……何だこれは?」


 扉の先には、大きくそしてドス暗い、不気味な渦が蔓延っていた。

 重力が捻じ曲がったかのような歪なうねりに、皆は冷や汗を流しながら息を呑んだ。


「あ?ボスじゃねえのか?」

「何をしているキズナ!! 早く扉を閉めろ!」


 何も考えていないようにキズナはボーっとしながらその渦を眺めていたが、リーダーの指示により、仕方がなさそうに扉を閉めようとする。


 だが、勇者の叫びも虚しく、キズナが扉を閉めようとしたところで、扉はそのまま渦に飲み込まれてしまった。


 その瞬間、皆がこの渦はものを引き寄せる性質である事を理解したのか、その場から離れるようにものに掴みかかるなどをして、その渦に引き込まれないよう行動を起こす。


 その咄嗟の判断は正しかったらしく、もれなくして、その渦は辺りのものを吸収し始めたのだ。


「お前ら気をつけろ!! 引きずり込まれるぞ!」

「そんな事わかってんだよリーダー! 早く解決策を考えてくれ!!」


 服は渦の方へと引っ張られ、足を踏ん張っている為耐えれているが、片足でも上げて仕舞えばそのまま渦に引き込まれそうになってしまう。

 

「ひとまずこの場から離れるしか方法はなさそうだ。申し訳ないが、リーダーとキズナは、俺とスズナのサポートをしてくれ、俺たちの筋力では長くは持たない」


 勇者であるリーダーと戦士であるキズナは、徐々に強くなりつつある渦の引き込む力に軽々と対応できているが、俺とスズナはそうはいかなかった。


 今でも引き摺り込まれそうになっており、俺はなんとか壁にしがみついて耐えているが、地面を掴んでいるだけのスズナは、今にも渦に引き込まれてしまいそうだ。


「仕方ねぇなぁ。ほら! 早くアタシに捕まれ!!」


 そう言ってキズナはこちら側に手を伸ばしてくれたが、まだ届きそうな位置ではない。


「届くなら、とっくに掴んでいる。もう少しこちら側に来てくれ」

「ったくしゃあねぇな!!」


 キズナは慎重にこちら側まで来てくれ、俺の手を掴んでくれた。

 流石というべきか、手を握られた途端、渦に引き込まれかけていた感覚すら忘れるほどの安定感を得た。

 どれ程までのパワーがあるのだろうか、本当にそこがしれない。


「後はスズナだ。私の手を取ってくれ」


 勇者はそう言って腕を伸ばすが、スズナは中々勇者の手を取れずにいた。未だ2人の距離が遠いのが原因だ。

 俺とキズナの位置からでは到底届くはずもなく、俺たちはただ2人を見守ることしかできない。


「すみません……私……もう」

「大丈夫だ。もう少しだけ手を伸ばせ」

「はい……」


 必死にスズナは手を伸ばした、けれど2人の手が触れかけたその瞬間の事、スズナの片足が渦に引き込まれたのか浮いてしまい、そのまま渦の方へと吸い込まれてしまう。


「スズナ!!」

「ちょっと待て! 何やってんだヒロ!」


 俺は何が出来るかもわからないのに、キズナの元から離れて、スズナの元へ飛び出した。

 渦の元へと身を乗り出したからか、感じたことのない速さで体は吸い込まれていき、スズナの体を守るように抱きしめた後、何とか床にしがみつく。


「スズナ……大丈夫か!?」

「ごめんなさい……また私……」

「お前ら、すぐこちら側に戻れ!!」

「吸い込まれちまうぞ!!」


 2人の叫びに応えようと手を伸ばすが、あまりに離れてしまったこの距離では届くはずもなく、その後間も無くして、俺たちは呆気なく渦の中に飲み込まれてしまったのだ。

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REBORN @soraniyamai

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