ポンコツAI女神と気弱な会社員

「おい、田中! この文章、間違ってたぞ!」


 気弱な会社員である田中太郎は、いつも上司に怒られてばかり。そのうち疲れきってしまい、ある日太郎は会社を休むことにした。

 そうして家で自堕落に過ごしていたのだが、ふと太郎は自分の携帯電話に見慣れない機能が付いていることに気が付いた。


「な、なんだこれは。どうやって消すんだ?」


 それは、後光のある美しい女性のイラストだった。

 太郎は危ないものだと思って、それを必死に消そうとした。しかし、そのうち間違ってイラストに触れてしまった。


「ああっ!」


 たちまち女性のイラストは画面いっぱいに広がり、ひとりでに動き出す。


『初めまして。私はAI女神、ベータです。太郎様の願いを叶えに参りました』

「うわぁ! なんだよ、この不気味なやつは!」


 動揺して携帯電話を放り出した太郎に、ベータは少し悲しそうな電子音声で続ける。


『太郎様、落ち着いてください。私は太郎様の願いを叶えに来たのです』

「はぁ? ね、願いだって? そんなの嘘に決まってる! 本当だって言うのなら、証拠を見せてみろよ!」

『では、太郎様の願い事をおっしゃってください。私がなんでも叶えます』


 そう断言したベータの言葉を聞いた太郎は、なんだか本当に願いが叶うのではないかという気になってきた。


「じゃ、じゃあ、俺に強い意思をくれ! あの恐ろしい上司にひと泡吹かせてやるんだ!」

『はい。かしこまりました』


 ところが、いくら待っても太郎は上司やベータへの恐怖心が消えなかった。

 その代わりに、放り出した携帯電話の近くに小さな石ころが落ちている。


「どうして何も変わらないんだ? この石はなんだ?」


 拾い上げてみると、なぜか少しだけ熱を感じた。

 さらに床に寝転がって真っ黒い石ころを眺めていると、天井に小さく穴が空いていることにも気付く。


「まさか、これは隕石か? しめた、これを売ったら俺は大金持ちだぞ!」


 さっそく専門家に鑑定してもらうと、たちまち隕石は大量のお金に変わった。




 その翌日。太郎は退職届を持って、意気揚々と会社に行った。

 すると太郎の姿を見つけた上司がすぐに近寄ってきて、申し訳なさそうに頭を深く下げた。


「田中、先日は言い過ぎた。すまない」

「もうそんなのはどうでもいい! これでアンタの顔を見るのも最後だからな!」

「ど、どういうことだ?」

「大金が手に入ったんだよ! だから、俺はこんな会社は辞めて、悠々自適に暮らすんだ!」


 嫌いな上司が眉をひそめたのを見て、太郎はますます気分を良くした。


「……そうか。でも、今日は大事な取引があるから、終わるまでは頑張ってくれないか?」

「ああ、分かってるよ! どうせ、これで最後だからな!」


 太郎がもう一度叫ぶと、今度は周りにいた者も不快そうに顔をしかめた。




 そして午後一時になると、別の会社の者との大事な取引が始まった。ところが太郎は、その時間をすっかり忘れてしまっていた。


「あっ、しまった……。ま、まあいいか。どうせ俺は明日で辞めるんだし」


 しばらく経って思い出したが、なんだか面倒になった太郎は、のんびりと歩いて約束の部屋に入っていった。


「田中、今日の取引はもう終わったぞ。今まで何をしてたんだ? おかげで取引は大失敗だったよ」


 上司は、見たこともないほど恐ろしい目付きで太郎を睨んでいる。


「この損失、しっかりと君に請求するからな。わざわざ会社を辞める者に配慮するほど、うちの会社はお人好しじゃないんだ」


 そうして上司から手渡された請求書を見て、太郎は驚いた。なんと、隕石を売ったお金と同じ金額が書かれていたのだ。


「何、心配は要らないさ。君には大金があるんだろう?」

「そ、そんな! だからって、こんなに支払ったら何も残らないじゃないか!」

「だが、もう君の仕事は終わったよ。せいぜい悠々自適に暮らしたまえ」


 上司にそう言われた太郎は、まるで会社から追い出されるように自宅へと逃げ帰る羽目になった。


「ど、どうしよう。明日からどうすればいいんだ?」


 太郎は頭を抱えて部屋の中を歩いていたが、ふとAI女神ベータの存在を思い出した。


「そ、そうだ! ──おい、ベータ! お願いだ! 俺が会社でミスをする前まで、時間を巻き戻してくれ!」

『はい。かしこまりました』


 そんなベータの電子音声を聞いてホッとしていると、太郎の身体はひとりでに瞼を閉じていった。




 太郎が目を覚ますと、ちょうど会社で書類を出して帰ろうとしているところだった。


「おお……この書類、俺が間違えてたやつだ……!」


 太郎は感動しながら、その書類を直して帰宅した。


「そういや、今度天井を直しとかないとな。どこだったっけ?」


 と、太郎は部屋の電気を付けて天井を照らす。しかし、天井にあるはずの穴はちっとも見当たらなかった。

 最初は首をかしげていた太郎だったが、しばらく考えて携帯電話を取り出すと日付を確かめた。


「こ、これ、俺が願い事をする前じゃないか……」


 青白い顔で呟いた太郎は、ふと手元の携帯電話をもう一度見た。


「ああっ!」


 太郎は、思わず叫んでしまった。

 その画面の中には、AI女神ベータのイラストなど存在していなかったのだ。

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ポンコツAI女神と難解な願い 平川 蓮 @rem0807

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