ポンコツAI女神と難解な願い

平川 蓮

ポンコツAI女神とおっさん野球ファン

 ある日の昼間。

 バッティングセンターに向かっていた藤沢アツシは、自分の携帯電話に身に覚えのない機能が付いていることを発見した。


「……なんだ? こんなの見たことないぞ?」


 後光のある美しい女性のイラストが描かれたそれをタッチすると、画面いっぱいにイラストが広がった。

 それから女性は閉じていた目を開け、なんと電子音声まで出すではないか。


『初めまして。私はAI女神、ベータです。アツシ様の願いを叶えに参りました』

「AI女神ぃ? まさかウイルスじゃないだろうな?」


 アツシは名前が知られていたことに驚きながらも、つい好奇心で話を続けた。


『いいえ。アツシ様が願いを言ってくだされば、私はいくつでも制限なく願いを叶えることができます』


 それを聞いたアツシは、それなら試しに、と適当な願い事を言ってみることにした。


「じゃあ、ホームランを一本当ててくれよ」

『はい。かしこまりました』


 そうして意気揚々とバッティングセンターへと歩くアツシだったが、その道中で、どうにも身体が言うことを聞かなくなってしまった。


「いったい何が起こってるんだ?」


 首をかしげることもできないアツシの身体が向かう先には、コンビニが見えた。

 混乱するアツシの意思を無視して、身体はひとりでにコンビニへと入り、アイス売り場に辿り着く。そこで一本のアイスを買わされて、外に出るとアツシはようやく自由になった。


「なんでアイスなんか……」


 無駄なお金を使った、とアツシは不機嫌になりながら、ふと手元にあるアイスの商品名を見た。

 するとそこには、『ホームランバー』と書かれた棒アイスがある。


「……ああ、そういうことか」


 アツシはため息をつき、棒アイスを食べきった。

 そして手元に残った棒を見ると、やっぱりそうかと落胆した。

 そこに書かれていたのは、『ホームラン! もう一本もらえます!』という、アイスのクジが当たったことを表す言葉だけだったのだ。




 それから夜六時になり、アツシは以前から楽しみにしていた野球の試合を見に行った。

 しかし待ち時間が長く、暇つぶしとしてもう一度だけAI女神ベータにお願いしてみることにした。


「なあ、ベータよ。お願いだ。この試合で、俺にホームランボールを取らせてくれないか?」

『はい。かしこまりました』


 今度もベータは、アツシの願いを快く聞いてくれた。

 とはいえ、アツシはもうAI女神に期待してはいなかった。ところが──


「おおっ、すごい! 本当にホームランが来たぞ! しかも俺のところに!」


 周りの観客に多少もみくちゃにされたが、アツシは見事ホームランボールを手に入れた。


「よし! よしっ! マジかよ、夢見たいだ!」


 だが、そんな歓喜するアツシの前に座っていた少年は、ホームランボールを逃して泣いている。

 アツシは自分のホームランボールをじっと見つめて、少年の肩を軽く叩いた。


「おい、少年。……これ、やるよ。だから泣くな」

「え? いいの?」

「おう。ちゃんと大事にしろよ」


 そうしてアツシは、少年の笑顔と引き換えに、人生初のホームランボールを失った。


「あーあ、もったいねえことしたな。ま、別にいいけどさ……」


 たしかに落胆はしたが、ホームランボールを取るという夢は叶ったのだ。だから、それで充分だと思うことにした。

 しかし。

 先ほどホームランを決めた選手が再び打席に立つと、なんと一球目にして二度目のホームランを放った。

 そのボールは大きく弧を描いて、同じような軌道を描き、今度は少年が持つグローブに入っていく。


「おじさん! このボール、おじさんにあげるよ!」


 嬉しそうに振り向いた少年が、アツシにホームランボールを手渡してくれた。


「いいのか? せっかく取ったんだろ?」

「うんっ! ……あの、さっきはありがとう!」

「おう。俺のほうこそ、ありがとな」


 アツシは、少年に負けないくらい満面の笑みを浮かべた。




『──私は未熟でポンコツですが、それでも女神なのです』

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