ピアニカのケース
名瀬口にぼし
ピアニカのケース
保育園とか幼稚園のころって、みんなで先生にピアニカの演奏を教えてもらう時間がありましたよね?
一人一台買ってケースに黒マジックでひらがなの名前と組名を書いてもらって、練習の時間のたびに棚から自分のピアニカを出して演奏する。
わたしの通っていた保育園にも、そういうピアニカの時間がありました。
だからあの日のわたしも、たくさんの園児がいる大教室で自分のピアニカのケースを手にしていたのを覚えています。
ピアニカは年中さんのころから二年間大切に使っているもので、組名欄は進級した組に書き直してありました。
それはいつもどおりのピアニカの時間のはずでした。
でも保育園の年長さんだったわたしは、ほんの些細な異常に気づきました。
ふと手元にあるピアニカのケースの名前の横の組名欄を見てみると、マジックで打消線を引いて書き直したはずの古い組名である「みどりぐみ」の文字が跡形もなく消えていて、進級した新しい組名である「あおぐみ」だけが書かれていたのです。
名前欄には確かに母親が書いてくれた自分の名前があるのに、組名欄はあるはずの修正した跡がなく妙にすっきりしすぎている。
わたしはケースをまじまじと見ましたが、マジックを擦って消した痕跡などもなく、それは綺麗なものでした。
しかし先生がピアニカの時間をはじめて他の園児も練習しだしたので、わたしも組名欄の異変は忘れてケースを開けてピアニカを吹くことにしました。
再びその出来事について思い出したのは、小学生になってからでした。
あれはなんだったんだろう。自分の勘違いだったんだろうか。
そう思って、押し入れにしまってあったピアニカを引っ張り出してケースの組名欄を見てみると、打消線で消した「みどりぐみ」の上に、何も引かれていていない「あおぐみ」の文字が書かれていました。
やはり組名欄を修正した跡はあったのです。
ではあの日見たピアニカのケースはなんだったのか。
あの瞬間だけ、わたしのピアニカのケースに不思議な現象が起きていたのか。
それともあのときのわたしは、どこか微妙に違う世界に入り込んでいたのか。
もしくは、この記憶は単なる夢なのか。
何が起きていたのかはわかりませんが、わたしがときどき、今はもう処分したあの青色のピアニカのケースのことを思い出すのは本当のことです。
ピアニカのケース 名瀬口にぼし @poemin
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