第13話 悩み【リリ先生】
ワタシはナビゲーターであり、彼女達からは「リリ」と呼ばれています。ですがワタシは自分が何者であるのかをわかっていません。いえ、ひとつだけわかっていることがありました。それは、ワタシもまたあやかしだということ。
ツクモン殿は十三階段のことを人間界における草だとたとえました。であれば、ワタシはきっと石ころです。
ワタシの最初の記憶は、誰かがインターネットの掲示板に書いた言葉でした。
――オマエナンカキエロ。
記憶というよりも、これはワタシそのものです。誰かが誰かを呪う言葉――
草と違い石は凶器になるのです。最初こそ小さな石ころだったワタシは、何度も何度も人を傷つけ、そのたびに新たな呪いの言葉を集め、そして重く大きな石へと変わっていきました。
きっと次は誰かの命にふれてしまう、それが分かっていながらワタシはどうすることもできませんでした。そんな折、ワタシはもっと大きな存在、ランクAのあやかしよりもさらに強大な存在に取り込まれました。そして、あやかしと人とを結ぶシステムの一部となったのです。それが「あやかしバトル夜十時」でした。ワタシと同じような電子の世界に
大きな流れに逆らうことができず、気づけばワタシは、一体のあやかしとそのペアである人間を管理するサポートナビゲーターになっていました。ただ、やることは石であったときとそれほど変わりありません。システムの
そのはず、だったのです。
エラーが生じたのはやはりあの時でしょう。ワタシが管理する人間――喜多ミチカがワタシに名前をつけたのです。安直で、あまりセンスのいい名前ではありませんでした。それでもワタシはあのとき確かに何かを感じたのです。人間の感情に照らし合わせれば、それはきっと「喜び」だったのだと思います。呪言であったワタシでは決して知りえなかった感情であり、同時にシステムにとっては深刻なエラーでした。その後も、ミチカに、あの優しい声で、「リリ先生」と呼ばれるたびにワタシの中にエラーが
ミチカやツクモン殿には黙っていますが、ワタシはすでにシステムから切り離されています。ちょうどチュートリアルを終了したタイミングで、システム中枢とのつながりが消えました。もともとチームの管理はアプリが行っていますし、ヘルプ画面を使えば、ワタシのようなサポートナビがいなくても問題はないのです。だから欠陥品であるワタシが切り離されたのは、当然の
ミチカはどうでしょうか。あの子はアプリの画面を見ようとはしません。アプリではなくワタシに頼ってきます。頼ってくれるのです……こんなワタシを。まあ、あの子の場合は自分でやるのがただ単に面倒だと思っているだけかもしれませんが。
ワタシはこれからどうすればいいのでしょうか。
今もアプリの情報にアクセスすることはできますから、このままナビゲーターのフリを続けることは可能でしょう。あるいはフレンド機能を使えば、ワタシも彼らと一緒に……いや、それは虫がよすぎますね。それにもし拒絶されたら、ワタシはまた誰かを傷つけるだけの呪われた存在へと
……早く、十時にならないでしょうか。
◆◇
――システムエラー。
ユーザーへの
――個体名、喜多ミチカの現実世界への干渉を確認。
な!? まさか、あの子は本当に十三階段を現実世界に
――障壁の強化……失敗。ランクA……攻撃……。
――システムエラー。
なにが起こっているのですか!? ワタシの力ではすべての情報にアクセスできない! ツクモン殿はこの状況を知っているのですか?
ミチカは、ミチカは無事なのですか!?
――緊急措置として本戦用モードに移行します。
ありえない! 本戦用モードはそもそもシステムによるプロテクトを必要としない高ランクのあやかし向け……ツクモン殿はランクFですよ!? それにミチカだっているのに。
……ダメです。
アプリを介してシステム中枢に問い合わせてみましたが、なんの情報も得られませんでした。本当にワタシは役立たずですね。今のワタシにできることは、もはやリタイアを進言することくらいでしょうか……。
そうです。もうやめるべきだ。ツクモン殿はランクF、そもそも予選にさえ到達できる見込みはないのです。ミチカだって言葉では怖くないなんて言っていましたが、きっと心の奥底では恐怖を感じているはずです。ワタシのような
でも……。
もしあの子がリタイアせずに、まだワタシのことを頼ってくれるのなら。
ワタシのことをまだ「先生」と呼んでくれるのなら……。
ワタシはきっと――。
ワタシは最低なあやかしです。
あなたが危険だとわかっているのに、それでもワタシはどうしようもなく、夜の十時が待ち遠しいのです。
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