第7話 加藤デイタ

 なんだか今日は蒸し暑い。もうすぐ梅雨入りだっけか。雨は降ってないんだけど、じめじめしていて、いつもより空気が重い気がするんだよね。気のせいかな?


 今日も五年一組は全員来てるみたい。あ、全員じゃないか。一人来てない子がいるんだよね。会ったことないけど、病気で登校できないから、おうちで勉強してるんだっけ。

 

 朝のホームルームで武田先生がおっきな欠伸あくびをしてたから「夜遅くまでおつかれさまです」て言ったらすっごい変な顔をされたよ。「な、なんのことだ?」なんて慌てちゃってさ。ふふーん、わたしはなんだって知っているんですよ、なんせあやかしですから。時間限定だけど。


「キタミ、今日はずっとニヤついているな。ついにあの不気味なきんちゃく袋に呪われたか?」


 三時間目が終わったあとの休み時間に隣の席の男子が話しかけてきた。こやつは加藤デイタ。わが天敵なり。


「加藤くん、何回言えばわかるの? キタミじゃなくて、キタミン! 「ン」があるかないかで、かわいさが全然ちがうの! あとあれはエプロン。すたんだーど?」


「キタミよ。何度言えばわかる。俺はキタミという呼び方が気に入っているんだ。俺が作る泥団子のようにツルッとした響きだ。そろそろ受け入れろ。あとunderstand な。勉強しろ」


 ぐぬぬ! ひとの名前を泥団子のテカリ具合と一緒にしよって。なにが腹立つって、この加藤デイタという男は、泥団子バカのくせに、頭はいいわ、運動もできるわ、おまけに顔も整っておられましてやがりますですよ。しかもなんだ今日のその服は。細身のデニムにパリッとした黒のポロシャツなんか合わせちゃって。うちのお父さんよりはるかに素敵なのはどういうことだね。やはり敵でござる。


「キタミよ。俺のことが気に食わないという顔だな。それに「ぐぬぬ」と本当に口に出して言うところもさすがだ。よし、そんなキタミに朗報だ。今日の給食はなんと揚げパンだ」


「そーだった! 今日、揚げパンじゃったよ! やっほーい!」


 おっと、あぶない。加藤の罠にはまって、あやうくすべてを許してしまうところだった。いや、別にいいか。揚げパンの前ではすべてスプーンみたいなものだもんね。しかも今日は揚げパンを食べたら、お昼休みに十三階段の調査が待っているのだ。えへへ、泥団子に夢中なキミと違って、天才のわたしは忙しいのですよ。


「やはりキタミの顔は見ていて飽きないな。その愉快な手の動きから推測してひとつツッコミをいれてやろう。さじではなく些事さじだ。つまりスプーンはなんら関係ない。それはそうと、今日はいつもにも増してワクワクしているように見える。よし、なにが楽しみなのか聞いてやろう」


 なにが「よし」なのよ。なんで、こいつはこんなに偉そうなわけ? 本当は教えたくないけど、この男はどうせ昼休みは泥団子を作っているだけだから、邪魔されることはないか。なら心の広いわたしが教えてあげるとしよう。


「カオリンに教えてもらったんだけど、十三階段を見たって子が二年生にいるんだって。だから聞き込み調査に行こうと思っているのですよ」


 きゃー、わたしかっこいい。聞き込み調査だって。刑事と書いてデカと読むやつじゃん! あと、加藤くん、どうでもいいけど、そのかっこいい服、泥遊びで汚さないようにしなよ。


 「ふむ、天上カオリか……。よかろう。俺が手伝ってやる。足手まといになるなよ」


 えー、泥団子作ってなよ。

 

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