謎の消しゴム

卯野ましろ

謎の消しゴム

 これは、私が中学三年生だったときの謎の思い出だ。ある日、学校の休み時間にトイレに入っていた私。スッキリしてトイレから出ようとしたそのとき、


「ん?」


 頭に何かがコンッと当たった。痛くはなかったので、すぐに私は床に落ちたそれが何なのかを確かめた。


「……?」


 恐る恐る確認してみると、そこにあったのは消しゴムだった。その消しゴムは小さくて丸くて、そして黒ずんでいたので結構使い込まれているものだった。


 ……えっ?


 もうトイレから出るだけだった私は、すぐに個室のドアを開けて周囲を確認した。その結果、私以外に誰もいなかった。トイレにも廊下にも、人がいなかった。


 やっぱり、そうだよね……。


 トイレに誰もいないのは、何となく分かっていた。なぜなら私が用を足しているとき、ずっと静かだったからである。そんな自分以外の人間がいない状態で、まさかの個室トイレに消しゴム投入。


 ……なぜ?


 このことを他人に伝えれば「運悪く、いたずらとかに巻き込まれたのでは?」などと返されるだろう。しかし、そのときは本当に私以外の人間はいなかったのだ。

 予想外の不思議な出来事に戸惑いながらも、私は手を洗い、一応は落とし物ということで消しゴムを持ってトイレから出た。


 一体、何なんだ……。

 どうして消しゴムがトイレの中に……?

 私以外は誰もいないのに、どうやって?


「おお、ましろ!」

「あ、先生……」


 悶々としながら廊下を歩いていると、生活指導の先生に出会った。気味が悪くて仕方がなかった私はホッとし、すぐ先生に相談した。


「先生……私がトイレにいたとき、なぜか消しゴムが頭に当たったんです。周りに誰もいなかったのに、なぜか消しゴムがポーンとトイレの中に入ってきたんですよ……」

「おお、そうか。かわいそうに……」

「これ、とりあえず落とし物なので……」

「分かった、ありがとな。預かるよ」


 怖かった私は、謎の消しゴムを先生に差し出した。まるで私は押し付けるかのように、その不気味な落とし物を先生に預けてしまった。それでも先生は穏やかな笑顔で、私に感謝してくれた。


「一緒に教室に行こうか」

「は、はい……」


 明らかに元気のない私を気遣ったのだろう。先生は私と共に教室に向かってくれた。校内の見回りの途中だというのに、とてもありがたい。

 何事もなく私たちは教室に入ると、生活指導の先生は、もう入室していた次の授業を担当する先生に声をかけた。そして教師二人は、


「ましろが落ち込んでいるから、元気付けてやってくれ」

「あ、はい。分かりました」


 そんな言葉のやり取りをしていた。やはり、お二人も私がいたずらに巻き込まれたと思ったのだろう。私を心配してくれた生活指導の先生は、私たちのクラスを離れ、見回りを再開した。もちろん、しっかりと落とし物を持っていた。


 これは本当に、いたずらなのか?

 あのとき声も足音も、全く聞こえなかったんだけど……。


 去り行く先生の背中を見ながら、まだ私は考えていた。そして休憩が終わって授業が始まり、とりあえず私は気持ちを切り替えることにした。

 その後、消しゴムの持ち主は見つかったかどうか分からない。しかし、生活指導の先生は無事だったので安心した。あれがもし呪われている消しゴムか何かだったとしたら、私の代わりに先生が大変なことになっていたかもしれない。優しい先生の身に何も怖いことが起こらなくて、本当に良かった。

 あれから何年も経過したが、不気味な消しゴムについては謎のままだ。しかし今でも私は、あれがいたずらだったとは認めていない。自分以外の誰もいないトイレに、持ち主不明の消しゴムがポーンと入ってきたなんて、ほとんどの者が信じないだろう。それでも私にとって、あの消しゴムの思い出は怖い実体験の一つなのである。

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