第8話 自殺じゃない

「で、どうなんだよ! とその前にひらがなだと読みにくいから変換してね」


(あっ、ああ)


 ひらがなにしたのは、早く伝えたかったからだ。俺は変換キーを押しながら文章を打ちこんでいった。


(だから、さっきも言ってるように、裸は見てないって)


「裸は!?」


(いや、意識しなくてもチラッと見てしまうことは……)


「だから、俺はそれを言ってるんだよ!!」


(とは言っても、由奈ちゃんの飼い猫だからさ)


「じゃあ、次からは俺が風呂に入れてやる」


 娘を持つ父親の気持ちは分かるが、それは勘弁して欲しい。


(じゃあ、由奈ちゃんにそれ言える?)


 俺はできる限り、欲望を抑えた澄んだ瞳で由奈の父親を見た。欲望ではない、多分……。それにしても正体をバラすのはいいが正直めんどくさい。


「そこはだな、お前も正体をバラしてだな」


(いつかは言わないといけないけど、それは今じゃないと思う)


「どうしてだよ」


(告白した相手が亡くなって、猫として現れたら混乱しないかな?)


「それはそうだが……風呂はな……」


(そこは見ないように善処しますから……)


 そこで俺は本題に入ろうとする。そう、由奈の父親に正体をバラしたのは、死んだ理由を由奈に伝えて欲しかったからだ。


(それはそうと、由奈ちゃんのことが理由で自殺したんじゃないですからね)


「そう言えばなぜ、お前あんなところで自殺したんだ?」


 いや、だから自殺じゃないって……。


(高架橋の端に座って猫と一緒に空を眺めてた時に地震があったんですよ。猫が驚いて飛び降りたから、助けるために身体を無理に動かしたら、落下してしまったんですよ)


「うん、何言ってるんだ? お前が死んだのは校舎屋上で、首を吊ってたんだろ?」


(はあっ!?)


 そう言えば俺の母親も首吊り自殺なんてね、と言っていたっけ。


「第一発見者は次の日の朝に学校に来た教師で、屋上で首を吊ってる生徒がいると慌てて救急車を呼んだらしいぞ。もちろん、その時には息はなかった……」


 そんなわけはない。俺の身に起こったのは落下死であって、首吊り自殺なんかじゃない。でも、由奈の父親が嘘をつく理由がない。俺は唾を飲み込んだ。これは何か裏に何かある。


(うちの母親も同じようなことを言ってました。何者かが落下した俺を屋上に連れて行って首吊り自殺に見せかけたのかもしれません)


「そんな馬鹿な……」


 馬鹿な話である。なぜ、落下死を首吊り自殺に見せる必要があるのだろうか。


「まあ、でもお前の言ってることが嘘だとは思ってない。ミステリー小説みたいだな。理由は分からないが、お前は誰かに殺された可能性が高い!!」


 えっ、という事は俺は落下した時はまだ生きていて、その後殺された!?


 なぜ、どうして……そもそも俺が高架橋にいたのを知っていた生徒も殆どいなかった。高校生なのは制服を見れば分かるか。それにしても、殺す動機は何だ?


「お前は落下して死んだと思っていたが現実が絞殺であれば誰かが行った可能性が高い」


(やはり由奈に俺の正体をバラすのはヤバいですね)


「そうだな。由奈にそのことを言うのもまずいな」


 歯車がかちゃりと噛みあっていく。


(すみません、お父さんの作品に似た話ありませんでしたっけ?)


「ちょっと待て、何がお父さんだ! 俺は由奈との交際を許可した覚えはないぞ!!」


 いや、猫と人間の恋なんてありませんから……。


 俺がジト目で由奈の父親を見ると気がついたのか苦笑いした。


「わりぃ、確かに似た小説がある!! あれは……そうだ『断頭台の女神』だ!!」


 断頭台の女神、そうだ。あの小説は海に入水自殺した少女が実はまだ生きていて、校舎の屋上まで運び首吊り自殺に見せかける話だ。男女の差はあっても今回の事件と酷似している。


(犯人の動機はなんでしたっけ!?)


 犯人は少女の友達である今井雪歩だ。自殺を勧めたのも彼女だった。生きている彼女を見て助かったら困ると慌てて屋上に連れて行こうとした。


(でも、運べなかったと……)


「そうだ。だから、雪歩に恋をしていた中村正人にお願いした。そのために雪歩は事あるごとに正人から関係を迫られることになる」


 因果応報だが、このお話はそれ故にラストに考えさせるものがあった。名刑事は、正人と雪歩の不自然な関係から、証拠を集めて行くんだったな。


(犯人はこの小説の読者なのか!?)


「知るかよ。そもそも、今回はお前自殺するつもりはなかったんだろ?」


(ああ、死ぬ気なんてこれっぽっちもなかった)


「まあ、でもよ。犯人はお前の近くにいるかもな。お前が俺の小説の熱心な読者だと分かってる奴はいるか?」


 そりゃ、毎日休み時間に読んでるんだから、みんな知っている。由奈の父親は、俺の表情を見てため息をついた。


「そうか。要するに学生全員と言うことだな」


(う、うん)


「まあ、でもよ、学生に絞られるんじゃね?」


 そうだろうか。俺は図書館でも良く絢辻小説を読んでいた。きっと、俺が絢辻先生のファンなのは、この街のみんなが知ってるんじゃないだろうか。


「その表情じゃ、もっといるってことだな。お前、どれだけ俺好きなんだよ!!」


(いや、俺にその気はない。むしろ、由奈さんをください!!)


「お前、どさくさ紛れに何言ってるんだよ!!」


 そう言って由奈の父親は俺をぎゅっと抱いた。


 いや、いやだ。暑苦しい。苦しくて死にそうだ。


「おっと、やりすぎたかな」


 やりすぎたじゃねえよ。


「でもさ、それなら由奈にも危険が及ぶ可能性がある。俺がついて行くのは無理だから、お前が一緒にいてくれないか?」


(学校内は見ることできないぜ)


「そこは、まあ大丈夫だろ!」


 本当かなあ。それにしても、犬ならば迎えに行くのも分かるが猫だぞ。違和感しかないが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら俺を振った大好きだった娘の飼い猫になってしまった!! 楽園 @rakuen3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画