第7話 お父さん!?

「ほーら、気持ちいい」


 気持ちいいです、最高です。俺が嬉しそうににゃーんと叫ぶと由奈が抱きつく。もし、俺の正体がバレたらなんて言い訳をすればいいんだよ。


「あはははっ、気持ちいいんだね」


 嬉しそうに俺の身体を洗って、同時に自分の身体を洗う音が聞こえた。要するに俺は見ていない。ギリギリやばかったが、理性を総動員して我慢した。


「ねっ、コウちゃん、わたしのこと……好き?」


 えっ!?


 俺の心臓は強く鼓動を打った。じっと由奈を見る。


「あはははっ、面白い! なんか本当にわたしの言ってること分かってるみたいだね」


 由奈はひとしきり笑った後、真剣な表情をした。


「コウちゃんがいてくれて助かったよ。いなかったら、どうなってたか分からない」


 その言葉に大きく救われたような気がした。


「でもね、わたしは酷い女なんだよ。本当に許されないことをして人を殺してしまった」


 そんなことない! そんなことないんだよ!!


 俺は必死になって伝えようとしたが、言葉を伝えることは結局出来なかった。


 このままではいけない。お風呂から出た俺はある計画を実行することにした。




――――――――




 九月二週目の月曜日。由奈は博樹から借りた上着を丁寧に畳んで袋に入れた。きっと今日返すんだろう。このまま何もなければいいが……。


 心配だが、今の俺にはどうしようもならない。何かあったら気づくように意識を研ぎ澄ませておくだけだ。


「じゃあ、コウちゃん行ってくるね」


 俺は玄関で由奈を見送った後、父親の書斎に向かった。俺が軽くトントンと叩くと由奈の父親が顔を出した。


「ああ、猫か……見て行くか?」


 俺がコクリと頷くと不思議そうに俺を見て、扉を少し大きく開けてくれた。


「邪魔しないなら、入っていいよ」


 邪魔なんてするわけがない。それより、俺は父親に味方になってもらおうと考えていた。


 由奈に言うのは色々とまずい。随分裸も見てしまったし、そもそも由奈に俺だと知らせることはダメだ。


 俺だと知れば、由奈の心をとらえてしまうかも知れない。俺は由奈にとって、ただの猫じゃないとダメなんだ。


 母親はそもそも猫嫌い。猫嫌いの人を猫好きになってもらう苦労は分かっている。時間的にも無理だろう。


 そう言う意味では由奈の近くにいて理解者の父親が適当だ。しかも推理作家だけに頭も柔らかいだろう。


 俺が物思いに耽っていると由奈の父親はパソコンの前でキーボードを叩き出した。展開が佳境に入ってるようで何度も叩いては直し、直してはまた、叩いている。


「みんなは凄い、凄いと言うけど、凄くなんてないんだよ」


 由奈の父親はボソリと俺に向かって呟くように言った。そんなことないよ、凄いでしょう!!


 俺が大きく首を振ると、自嘲的に笑う。


「本当に俺の言葉が分かってるようだね。それにしても不思議な猫だよ」


 そう言ってモニターをじっと見た。


「言って分かるか分からないけどね。キミはすでに犯人を当ててるんだからね」


 そう言って、もう一度こちらを見た。


「犯人を決め、どうすれば分からないかプロットを組み、問題があれば直す、場合によっては由奈に見てもらう。ここまでしてるから、軽く読書してる読者にバレることはない。でもね……」


 そう言うと遠い目をした。


「売れてくると、どうしたって純粋な気持ちで書けない。こうした方が売れるんじゃないかとね。それが最近、飽きられてるんだよ」


 そんなことないよ。絢辻先生の作品はどの作品も作品愛がある。売れるためだけに書いたもんじゃない。よし、俺は自分のことを伝える前に俺がどう思ってるか伝えるために、キーボードの前に立った。


「ダメだよ。これは執筆中の……!?」


 俺はエンターを数回押して、執筆中の原稿に影響が出ないようにして、次を打った。


(だいじょうぶ、せんせいのげんこうをけしたりしない)


 由奈の父親の目は文字と俺の顔を幾度となく往復した。


「驚いた!! 猫くん、文字がわかるのか?」


(それより、せんせいのしょうせつはさいしんさくいがい、ぜんぶよんだけど、どれもさいこうだよ)


「読んだって、どこでだい。猫が読める所になんかないだろう」


(じつは、すこしまえまでにんげんだった)


 由奈の父親の興味が俺に向いて来ているのが本当によく分かる。まるで子供のようにワクワクしている。


「人間だったって、嘘だろって言いたいが確かにあり得ない話ではないな。少なくとも、人間じゃなければ、俺の言葉が分かるわけがないし、文字が打てるわけがない」


(じつは、おれはゆなちゃんがよくいってる『さだもとこうじ』なんだよ)


「えっ!?」


 流石に驚きが隠せないのか由奈の父親は俺をじっと見つめて、色々と考え込んでるようだった。


「科学的にはあり得ない話だけど、そこまで書かれると信じないわけにはいかない」


 そう言って俺に顔を近づけた。


「でもさ、それじゃあなぜ……」


 そのまま、由奈の父親は言葉を区切る。


「由奈と一緒に風呂入ってんだおおお、ああっ!!!!」


 そのまま、俺をギュッと掴むと力を入れた。


 ちょっと待て待て!! 死ぬ! 死んじゃいます!!



すみません更新してませんでした。

毎日できるように頑張ります!

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