第6話 貞本康二の墓、嫌な響きだねえ

 由奈はバケツに水を入れ、墓の前までやってきた。墓に柄杓で水を掛けて、手に持っていた花を差した。


「ここが康二君のお墓だよ」


 そこには貞本康二と確かに俺の名前が彫られていた。


 由奈はちょっと待ってね、と俺を下ろすと墓の前で腰を下ろし手を合わせた。


 由奈はどんなことを思って、祈ってるのだろうか。キツくつぶられた瞳は本当に悲しげだった。


「ごめん……ごめんね……」


 やはりか、由奈は自責の念にかられてるんだ。


「わたし……無責任な気持ちで康ニくんの勇気を振り絞った告白を断ってしまったんだよ。ほんとはね、振るつもりなんかなくて、ただの……そう、軽い女に見られたくなかっただけって……おかしいよね」


 壊れそうなくらいか細い手が震えている。俺は由奈の手を舐めた。今の俺にはこれくらいしかできない。


「本当は死にたかった……死んで謝りたかった!! 康二くんのところに行きたいよ!!」


 ちょっと待て! それはダメだ!! 由奈、俺はここに……ここにいるよ。自分を責めないで……。俺は由奈に振られたことより、由奈の本心を知れたことの方が遥かに嬉しかったからね。


「勇気がないの……、本当にダメなわたしだよ。康二くんのいない世界にいたくない、けど……そっちの世界に行く勇気もない……」


 このままではいずれ由奈は壊れてしまう。俺はなんとかしないと……。


 それから、一時間くらいそこにいただろうか。雨がぽつりぽつりと降ってきた。


「あっ、コウちゃん、濡れちゃうね」


 由奈は慌ててバケツを片付けると俺を抱いて墓を後にする。急に降り出した雨はすぐに叩きつける豪雨に変わった。


「天気予報では、雨が降るなんて言ってなかったのにね」


 ゲリラ豪雨だ。地球温暖化のせいなんだろうけど、これは正直困った。ここから駅まで結構な距離の坂道を降りないとならない。しかもそこまでに雨宿りできる場所もなかった。


「ごめん……ごめんね、こんなところに連れてきて……」


 俺は大丈夫だよ、と言う言葉を乗せて優しくにゃーんと鳴く。こんなところまで俺のために来てくれて、本当にごめん。雨にまで降られて、本当にごめん!!


 俺が由奈をおぶって走りたい。しかしこの身体では由奈に抱っこされるしかない。


 結局20分程、由奈は俺を抱いたまま走り、駅に着いた時には服が透けるほどのびしょ濡れになっていた。雨に濡れたワンピースから透けるブラジャーの線がエロい。由奈の胸を見るとブラジャーのレースがはっきりと見えていた。


 さっきから数人の行き交う男の視線を感じる。俺はそいつらを威嚇した。どうすればいいだろうか。この姿で電車に乗れば、いい見せ物だ。俺がそう思ってると隣に知ったやつが立ち止まった。


「早坂さんだっけ?」


 隣のクラスの赤坂博樹か!! 華麗な動作で自分のジャケットを由奈にかけた。ふ、ふざけるなよ!!


 俺は博樹が嫌いだった。女にモテるためなら手段を選ばない。何人ものセフレがいると言う噂も聞いた。


「だ、ダメです。濡れてしまいますから!!」


 博樹は由奈の手をグッと握り、耳元で、大丈夫と囁いた。


「……それにさ、色々と見えちゃまずいでしょ」


「それは……」


 まずいのは確かだが、博樹に頼られるくらいならコンビニでタオルを買った方がマシだ。


「ご、ごめんなさい」


 由奈は自分の胸を見て頬を赤くして謝る。


「いいよ、いいよ。俺がいて良かったよ」


 そう言って由奈の身体に近づける。頭に移動した俺と目があって、慌てて距離を取った。


「本当に助かったよ。この子ごめんね、なんか私以外の人に懐かないんだよね」


「いいよ、そのうち懐くと思うからね」


 それは絶対にない。俺が力を込めて睨み返すと、博樹は頭をかいた。


「それより、貞本くんのお参りに行ってきたの?」


 こいつ、なぜ、それを知ってる!!


「……はい」


 由奈の返事に明らかに嫌そうな顔をしたが、視線を外したから由奈は気づいていないようだ。


「俺ね、貞本くんと友達だったからね。色々と教えてあげられるよ」


「ほ、本当!! ですか!!」


 おい、なに適当なこと言ってるんだ!! 俺と同じ隣のクラスのくせに俺の告白をわざわざ見に来て笑ってたよな!!


「うん、彼には何度も相談に乗ってたからね」


 もちろん一度も相談なんか乗ってもらったことなどない。


「そ、そうなんだ! じゃあ、言っても大丈夫かな?」


 俺がふーーっと博樹を睨みつけていると、由奈は俺を抱いて、後ろに置いた。


「めっ、コウちゃんダメでしょ!!」


「コウちゃん?」


「うん、康二くんに似てるから、コウちゃんって名付けたんだよ。うちの飼い猫!」


 由奈のことを聞いて、博樹は俺をじっと見てくる。


「本当だ、よく似てるね」


 その後、由奈に聞こえないくらい小さい声で……。


「馬鹿そうなところなんか、そっくりだ」


 ふ、ふざけるなよ!!


 俺がもう一度威嚇すると由奈が俺を抱いた。


「ごめん、また教えてね、これ……洗って返すから……」


 そのまま、俺を抱いてホームに走る。ふっ、良かった。仲良く話されて心まで奪われたら、堪らんからな。


 そのまま由奈は電車に乗った。ピンチは乗り越えられたか、とホットしてると、由奈にメッと頭を軽く叩かれた。


「もう、知らない人だからと言って誰でも威嚇しちゃダメだよ」


 いや、威嚇したのは博樹だったからだ、と言いたいが言ってもにゃーんと鳴くだけだ。まあ、人間の言葉で話しても、理解されないかも知れないけど……。


 由奈は電車を降りるとそのままは自宅に向かった。


「さっ、お風呂入ろっか?」


「へっ!?」


 そういや、ずぶ濡れだから入らないといけないんだけども……。


 そのまま風呂場に入れられる。


「ああ、汗だくだよー、一緒に綺麗にしようね」


 由奈はサッと脱いで裸になったらしく、またもや俺は目のやり場に困ることになった。


「それにしても助けられちゃったな。何かお返ししないといけないかな」


 由奈よ、お返しなんて絶対いらないからな!! これを理由に近づいてくる男なんて碌な奴はいない。


 だが後日、俺の不安は的中することになる。

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