第3話 病院

搬送先の病院に着いた私とパパは、救急車を降ろされ、パパはすぐに処置室に運ばれる……。

私は看護婦さんの指示で受付の用紙を記入するが、動揺で満足に文字が書けず、ペンを持つ手がガタガタと震える……。

「ふーーーー、はーーーー」

大きく、深呼吸をして自分に言い聞かせる。

──私にはここで、時間を割いてる暇は無い……一刻も早くパパの所に行かなれけば!

震える手を押さえ込み、汚くてもどんな字でもいいから書く事に専念し、ようやく用紙を書き終えると待合室で祈るように家族の到着を待つ──。

「天音!父さんは!?」

数十分後、兄さん達が到着した──。

「……まだ、何も……処置室に入ったまま」

「……天音、大丈夫?……」

憔悴しているはずのママは、私の事を心配して抱きしめてくれた……。

「お姉ちゃん……パパ、大丈夫だよね?」

涙を浮かべる優里に、私は……。

「大丈夫だよ、パパは強いから……」

──根拠のない、『大丈夫』を並べる……。

「おばぁ達に、一応電話した……こっちに向かってくれるって……」

兄さんは近くに住む、ママの実家に電話してくれたらしく、スマホを握り締めて戻ってきた。

「神楽さん、お入り下さい」

看護婦さんに呼ばれ、兄さんは診察室に入る。

「天音、ママの代わり聞いてきてくれない?」

「分かったよ、ママ」

もしかしたら……そんな淡い期待をいだき、私も診察室に入る──。

「……検査したところ……心肺停止になってから時間が経ちすぎてしまっています……残念ながら、助かる確率はほぼ0に近いです……ですが、年齢もかなりお若いので、出来るだけの蘇生は続けさせてください……」

医師の言葉に、私も兄さんも言葉を失う……。

正直、目の前に居る医師に掴みかかりたかった……「助けてよ!」「それが、役目でしょ?!」心ない言葉が出かけるが、脳裏にパパがよぎる……。

パパならきっと、そんなに事は言わない……。

私は吐き出したい、思いを押し殺した。

次に頭をよぎったのは……何て、ママと優里に伝えればいいのだろう……。

こんな残酷な現実を教えたくはない……でも嘘を言って期待を抱かせて、最悪の結果になった時2人に申し訳が立たない……。

「……分かりました……よろしくお願いします……天音行くぞ……」

兄さんの震える声と肩に置かれた震える手を感じ私は、覚悟を決める──。

「…………」

診察室を出ると、ママと優里と一緒におばあちゃんや叔父や従姉妹達が待っていた……。

兄さんは冷静に、皆に状況を説明するママは泣き崩れ、優里も大粒の涙をこぼす……。

おばあちゃんは言葉を失い、普段涙を流さない叔父はただ静かに涙を流した……。

従姉妹達は、うなだれ泣き続けた。

雰囲気に耐えられなくなった、私は待合室をそっと出て、外に出る……。

外に出ると、満点の星空が広がっており、今の私には、それすら憎たらしく見えた。

神様……お願いします、パパを助けて……。

祈る事しか出来ない、自分が腹立たしい──。

頭上に輝く星空はまるで、パパを助ける力も知識も無い私には……何も出来ないと神様から世界から告げられているような気がした。

「……天音……」

後ろから呼ばれ振り返ると、目元を赤くした兄さんが立っていた。

「……天音!!!」

強く、強く、兄さんが私を抱きしめる──。

私を包む腕は震えていた……。

「兄さん……やだよ……パパが死ぬなんて……やだよ!!」

我慢していた涙が溢れだした──。

溢れだした涙は止まる事を知らず、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃになりがら泣き続けた──。

そんな私を兄さんはただ、優しく力強く抱きしめ続けてくれた。

落ち着いた私と兄さんが待合室に戻ると、ママが私達を抱きしめ、私はまた泣いてしまった……。

「神楽さん、お入りください」

数十分後、再び看護婦さんに呼ばれ、呼ばれると同時に、私と兄さんは弾かれるように診察室に入る。

「……こちらへ」

診察室のさらに奥、『緊急処置室』と言う場所に案内された。

「……っ!!」

処置室の真ん中には、パパがストレッチャーのまま寝かされていた。

「……誠に残念ですが……8月11日、午後7時30分死亡を確認致しました……」

私の世界が音を立てて崩れた……。鮮やかだった世界の色はモノクロに、心地よかった世界の音はノイズへと変わった……。

その日、私達は最愛なるパパを失った…。

そこからの事は、記憶が曖昧になっている。

叔父がおにぎりを買ってくれた事は覚えている。

到底食べる気になれず……力なく「ありがとう」とだけ伝えた……。

──その日、私達家族の時間は止まった──。

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