第2話 悲劇

夏休みも終わりに近づいてきたある日……。

家族の思い出作りにと、プールに行く当日。

「えー!!パパ一緒に行けないの?!」

優里がパパの足にしがみつく。

「ごめんな、優里……どうしても外せない仕事が入っちゃたんだ……」

「優里、パパはお仕事なんだからしょうがないのよ……」

目に涙を溜めて、必死に我慢をしてる優里にママが優しく諭す。

「……うん……」

明らかに肩を落とす優里を、兄さんが抱き上げる。

「優里!お兄ちゃんが父さんの分まで遊んでやるから!」

兄さんが、優里を元気づけようよ頭を撫でる。

「そうだよ!お姉ちゃんもいっぱい遊んであげるからね!」

私も、兄さんの言葉に続いて優里の頭を優しく撫でる。

「……うん!!」

優里も納得したのか、涙は止まり笑顔が戻る。

「それじゃあ、行ってきますあなた!」

「行ってくる」

「行ってきます!」

「行ってきます、パパ」

1人ずつパパに挨拶をして、車に乗り込む。

最後の私は笑顔でパパに手を振る──。

「いってらっしゃい、気おつけてな」

笑顔で別れ、車に乗り込み出発する。

──夕方、自宅に帰ってきた私達は、薄暗い家を見て少しの違和感を覚えた……。

家の電気が付いていない──。

「あら?電気が付いてないわ、あの人、何処かに出かけたのかしら?」

微かな違和感ではあるが、私達は家の中へ足を進める。

「……鍵が空いてるわ……」

ドアを開けたママから、一瞬血の気が引くのが見えた──。

「……母さん、俺が先に入る」

兄さんがママを押し退けるように、前に出る。

「ママ、大丈夫だよ……」

以前、まだ私が小さい頃ママ1人が家で留守番していた時に不審者が入って来てママ暴行を受けたという事があったらしい……。

それ以降、ママは狭い場所やあの時を彷彿させる場所には拒絶反応なのか身体が震えてしまうらしい。

今の状態がその事件と同じ状況で、ママはガタガタと身体が震えている。

私はママの背中をさすり続けた……。

「……大丈夫よ、ありがとう天音」

ママは、ゆっくり深呼吸をしてから家の中に足を進めた。

「……ただいま!!あなた!」

いつもは、返ってくる返事が返ってこない……。

パパは、フリーランスだから家で仕事をしてるはずなのに……。

更に違和感を感じ、辺りを見渡すと、玄関から見える全ての部屋の扉は閉まっているのに、リビングに続く扉だけが少し開いていた──。

「っ!父さん!!父さん!!!」

「あなた!!何があったの!?!?」

「パパ!!」

「パパ!」

リビングに入ると、Tシャツ姿のパパが倒れていた──。

「いや……いやああああ!!!!あなた!!!」

「天音!!早く!救急車!!!」

ママは発狂乱となり、医大生の兄さんはパパの容態を見て、すぐに心臓マッサージをはじめる。

私は、震える指で119を押す……。

『こちら、消防司令センターです、火災ですか?救急ですか?』

「救急です!!パパが、パパが!」

『落ち着いて下さい、ゆっくりでいいのでこちらの質問のお答え下さい』

聞かれた事など何も頭にはいってこない……。

震える声で無我夢中で質問に答え、電話を切る。

「いやよ!あなた!!1人にしないで!!」

「父さん!父さん!!戻って来い!!」

「パパ……やだよ!パパー!!」

兄さんは、懸命にパパに心臓マッサージを施す。

ママは、優里を抱え泣きじゃくっている……。

私はただ、ぼう然と今の状況を見つめていた。

──何が起きてるの?何でパパが倒れてるの?

誰が?何をしたの?──。

目の前で起きている状況が認識出来ない……。

何一つ理解が出来ない。

「っ!!」

バシンっ!と頬に痛みが走る──。

自分で自分の頬を叩き、喝を入れる。

冷静に、冷静に、と心に言い聞かせ、自分に出来る事を探す……。

パパの荷物から保険証や財布など目につくありったけの荷物を鞄に詰め込み、救急車の到着を待つ……。

「救急車はまだなの!?!?!」

体感ではもう何時間も経っているような感覚になる──。

遅すぎる救急車に苛立ちさえ覚えた。

「………!!」

微かに、救急車のサイレンが聞こえ、外に出て誘導する。

「こっちです!!早く!!」

担架を持ってやって来た救急隊員を家の中に誘導する。

救急隊員はパパの容態を確認し、パパはすぐに担架に乗せられ救急車に運ばれた……。

「兄さん!私が救急車に乗る!!」

「……大丈夫なのか?」

自ら救急車に乗ると言い出す私に兄さんは心配の眼差しを向ける。

「大丈夫!兄さんはママと優里をお願い!!」

無我夢中で「大丈夫!」「大丈夫」と言い続けた……。

「……分かった……」

私は、すぐに救急車乗り込む──。

救急車の中で出来る処置を終え、後は病院に到着するのをひたすら待つだけ……。

私はすでに冷たくなっているパパの手を握る……。

腕に残る微かな温かさが、私の平常心を保つ唯一の希望だった──。

「…………パパ………お願い、神様……パパを助けてください……」

パパに何もしてあげられない無力な私に出来る事は神様にただ……祈る事しか出来なかった……。

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