第5話
「枕、取り換えてくれたんだ」
「ええ、そうよ。ちょっと臭うっていってたでしょ」
朝食の珈琲を手渡すと、夫は整った鼻梁に皺を寄せた。
「ちゃんと干さないからじゃない?」
「古くなっただけだよ。それに首が少し痛むって言ってたじゃない。買い換え時かなと思ったの」
食べ終えた皿を下げに流しに向かいながら、通りすがりに夫の首筋を擦った。くすぐったそうに細めた目は長い睫に縁取られて、うっとりするほど綺麗だ。撫で上げた首の後ろには、幾筋もの爪痕が赤く乱れた線を描いている。私がつけたものではない。
「枕カバーも素敵でしょ」
「あれ、毛皮だろ。肌触りが良くてびっくりした」
「奮発したのよ、あなたのために」
「ありがとう」
片手で私の腰を抱いて、夫は私を見上げる。無邪気に微笑むこの顔は、いつまででも見ていられる。
「今日は土曜日でしょ。早く帰ってこられる?」
「うーん、仕事が立て込んでて。でも、必ず帰るよ」
「そうしてちょうだい。寂しいのよ、これでも」
滑らかな頬を両手の平で挟んで目を覗き込むと、心底嬉しそうに夫は頷いた。
どうせ、この爪痕の主にも、同じ顔をしているのに違いないのだけれど。
夫は私の手を取り、指先に口づける。
甘やかな気持ちの底で、私は枕を陽に干すのを心待ちにしていた。早く、出ていけばいいのに。目と目を見合わせて、微笑んだ。
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