第2話

 呻きながら目を覚ますと、首筋が汗でびっしょりと湿っていた。

 部屋着を脱いでキャミソールになりながら身体を起こす。部屋の中はしんと静まり、夫が帰ってきた気配はない。スマホを確認すると、時刻は午前0時になろうとしており、通知はひとつも届いていなかった。

 枕の横に寄り添うように、読んでいたはずの本が投げ出されている。また睡魔に負けて、寝落ちしてしまったのだろう。

 裏表紙に手を添えて、じっと見下ろす。陰惨なあらすじの上を視線が滑った。

 枕に引っかかって、読みかけのページが僅かに開いている。半月経っても、ページは一向に進んでいない。

 別に、夫の遅い帰りを嘆いているからではない。どうせ碌でもないことをしているのは、いつも夫に纏わり付いている華やいだ香水の匂いで明らかだった。隠そうとしていたのなら、少しは妄想からくる嫉妬に身を焼かれていたかもしれないが、おおっぴらにしているのだから気に病んでも仕方がない。

 むしろ、独り暮らしとさほど変わらず、帰宅後の時間を自由に使えるのだから気楽ではある。それに夫は見栄っ張りだから、共働きにもかかわらず、生活費はきちんと渡してくれていた。そのお金で好き勝手に買い込んだ本をゆっくりと読むのが、私の楽しみなのだ。

 それなのに、繁忙期の疲れもあってか、どうにも眠ってしまう。

 ソファに座って読めばよいのだが、肌寒いのでベッドに潜り込んでページを開くと、あっという間に眠りの隙間に滑り落ちていく。真夜中に目が覚めた時には、うっすらと汗ばんでいることが多かった。

 暑いのだと思っていたが、どうも違うらしい。

 こめかみに絡みつく頭痛と焦燥感が、夢の名残を物語っている。目覚める直前に私の襟首を掴んだ指の鋭さと、首筋にかかった怖気が引きずり出されて、思わず身が震えた。汗に湿った腕をさすって、本を拾い上げる。近頃話題になっているホラー小説だ。

 子供ではあるまいし、たかだか小説を読んだくらいで怖い夢など見るものか。唇の端が片側だけ持ち上がる。そもそも、一行読んだかも怪しいのに。

 だが、これが初めてではない。ホラー小説を読んだまま寝落ちした日には、悪夢を見る。

 手にした本をまじまじと眺めた。この本だけではない。その前に読んだ怪奇小説の時も、暗闇で得体の知れぬ物に追いかけられたではないか。

 枕に押しつけられて折れ曲がったページを指で伸ばしながら、思い起こす。

「ひょっとして」

 ぽつりと口から声が漏れて、自分が何を考えていたのかを自覚した。片手が枕に触れている。

 悪夢を見るのは、本を読んだ日、ではない。

 本が、枕のすぐ傍にある時だけだ。

 本をベッドサイドに置いて、立ち上がる。

 確か、どこかでそんな話を読んだはずだ。昔、祖母から貰った、古いノートはどこだったか。

 物置と化している子供部屋にする予定だった部屋の明かりを点けると、私は実家から持ってきたままになっていた段ボールを開いた。

 遠くで、スマホが鳴っているのが聞こえたが、知らぬ振りをしていた。

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