第8話 バダルから見たイステア王家の三兄弟
* * *
実のところ、バダルは、イステア側に人質を要求した場合送り込まれてくるのはアウシュリスだと確信していた。
国王ヴェルトゥースは末弟ナンファスを溺愛している。自分によく似た面差しの、愛嬌があって甘えん坊で一人では何もできないほうの弟を、目に入れても痛くないほど可愛がっている。
その話を聞いた時、理由はすぐ察しがついた。
馬鹿なほうが御しやすく、また優越感も味わえるからだ。
ヴェルトゥースは賢くて有能な上の弟アウシュリスを心から嫌っている。自分に楯突く存在として、憎悪している。国政がどうかなど関係ない。自分より民衆の支持を得ている存在は目障りなはずだ。
正直に言って、ヴェルトゥースの気持ちはわからないでもない。バダルも四人兄弟の長男で、弟たちが下に行くにつれて可愛いと言われていたからだ。しかもガラサの民の価値観においては男は可愛ければ可愛いほど良い。
上の兄弟の失敗を見て育った弟たちは、下に行くにつれて要領が良くなっていく。そういう仕組みを理解していても、バダルも子供の頃は弟たちを甘やかす母親を不満に思って暮らしていた。あの粘っこい嫉妬を大人になってもどす黒い憎悪としてくすぶらせ続けていると、ヴェルトゥースみたいなことをするのかもしれない。
しかしバダルの場合は、父が同じ戦士としてバダルを買ってくれていたことが幸いした。家族以外のマクイ族の人々も、みんなバダルの腕っぷしの強さを認めて尊敬してくれていた。それに、口ではなんだかんだ言っても、四兄弟の母親は四人全員に平等な遺産を残した。忘れられていたかと思われていたバダルにも、愛情を感じさせる遺言がちゃんと用意されていた。だから今はもう母を恨んではいない。
一族のおおいなる思いやりを受けて、バダルは嫉妬を理性と家族愛によって制御できる大人になった。今となっては一番憎たらしかった末弟のロフともうまく会話ができるし、可愛いとまで思えるようになった。
ああいう平等の精神が欠けたままの家庭や社会で抑圧されて育った子供は、ゆがんだ大人になる。そして、より弱い者を虐待しようとする。
ヴェルトゥースは、自分によく似た息子二人だけを愛する母親の精神をそっくり受け継ぎ、自分たちとは違って醜いと感じるアウシュリスを阻害し続けている。
アウシュリスは褒められた経験のない子供のまま、体だけ大人になってしまった。
バダルが初めてアウシュリスの存在を認識したのは、三年前、ガラサの民が強制労働に徴用されてエレファ近郊の鉱山に連れていかれた時だ。バダルも事実上の奴隷として捕まって現地にとどめ置かれていた。
その際、父は戦士として部族を守るために戦い、死んだ。
そもそも、イステア人は北方からやって来た入植者である。
彼らはこの豊かな土地に住まう先住民たちから土地を奪い、富を奪い、人を奪った。そして、居留地、などという狭い空間に押し込めた。
イステア政府は施政者によって政策的方針がころころ変わる。
三兄弟の父の代、バダルにとっては祖父母の代には同化政策を取ってイステア語を強要していたのに、ヴェルトゥースの代になったら、先住民がイステア的な知恵や思考様式を身に着けるのを嫌って『昔ながらの素朴な生活』をすることを求めてきた。おかげでガラサの民には読み書きができない者が多い。先住民のそれぞれの文化に合った言語は否定され、かといって苦労して習得したイステア語での勉強もなかなか進まない。
イステア人に好意を抱く先住民がいないのも、当然だった。
だが、アウシュリスは違った。
アウシュリスは先住民に情けをかけ、戦を止めた。
そして、彼はバダルの父を弔った。
それは偽善だったかもしれない。彼自身を慰めるための、圧倒的強者としての矜持から出た行動だったのかもしれない。
けれどそれでも、バダルは、死んだガラサの民の戦士たちを土の中に丁寧に葬って手を合わせていたアウシュリスを、美しいと思った。彼こそが本物のイステア人の王になるべきだとすら思った。そうしたら、海の母の長男であり次期マクイ族の族長である自分は、イステア人にはまだほんの少しの交渉の余地があると思えただろう。
最終的に、彼はバダルの親世代の人々と話し合い、鉱山に抑留していた人々を帰宅させた。
重労働から解放されたのは本当に喜ばしいことであり、絶対に二度と戻ってくるものかとは思ったが、あの美しい赤毛の青年にはもう会えないかもしれないというのだけは非常に悲しかった。
しかし、イステア人の王は、アウシュリスを遠ざけている。アウシュリスを地方の危険な前線に送り込んでおきながら、自分と末弟は王都の豪華な宮殿で贅沢な暮らしをしている。
こんなことならアウシュリスが可哀想だ。平和で豊かな海に来て、人間として尊重された暮らしを送ってほしい。
そして、誓った。
いつか時が来たら、彼をこの海に迎え入れよう。そして永遠にともに幸せに暮らすのだ。
バダルはこの三年間あの美しくたくましくいじらしい青年を花嫁として迎える日のことだけを考えて生きてきた。
機会は巡ってきた。星はバダルに味方した。
予想どおり、求めた王族の人質は、彼だった。
いとおしい花嫁、一生大事にする。
そんなことを思いながら、バダルは日々丸くなっていき表情が優しくなっていくアウシュリスを眺めている。
さて、いつどうやって本物の夫婦になろうか。アウシュリスはまだ自分がそういう意図で連れてこられたことに気づいていない。驚かせないように少しずつ距離を縮めていって、身も心も丁寧に開いてやらないといけない。
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