首吊り死体のように揺れる柳

笹 慎

一直線の間取り

 私の住む家は、単身世帯向けの1Kです。玄関を開けて真っ直ぐに短い廊下があり、廊下には右手にキッチン、左手に風呂とトイレへの扉があります。廊下の終わりの内扉(真ん中にガラス窓があるデザイン)を開けると、一部屋が。それが私の家の全てです。また、両左右を挟まれた中部屋のため、窓はベランダへと通じる一箇所しかありません。


 つまり、玄関、廊下、部屋、ベランダという一直線の間取りです。


 私には戸締りのチェックを何度もしてしまう心配性なところがあり、在宅中はこの一直線の間取りを活かして、部屋から内扉のガラス窓を覗き込んで玄関の鍵が閉まっているか確認をしておりました。



 これは、夜十時ごろに、そんな部屋で起きた出来事です。


 中年となり人間ドックによりもたらされる様々な数値が気になり始めた私は、なるべく野菜多め、塩分少なめの食事に気をつけようと、汚れの目立ちにくいカーキ色のエプロンまで購入し、余力がある時は自炊をするようにしておりました。


 その日は仕事から帰宅し、簡単な野菜多めの豚バラ肉の炒めものを作り終わり、エプロンを前日に設置した玄関のフックにかけました。出来上がった食事や飲み物をテレビ前のテーブルへと運びます。


 私は、食事時は必ず動画配信サイトで、ドラマや映画、アニメを流しており、その日は小野不由美先生の『残穢』の実写映画版である『残穢-住んではいけない部屋-』をAmazonプライムビデオで観ておりました。


 橋本愛さん演じるフリーライターの家で、首吊り死体が揺れて帯が擦れる音がするというシーンのタイミングで、玄関の方から「ズリッ…… ズリッ……」と音が聞こえてきたのです。


 この時点でタイミングが良すぎて、少々ビビり散らかしながら、私は内扉のガラス窓から薄暗い廊下と玄関を覗きました。


 すると、どうでしょう。なんだか、柳のように首を垂れたものが、


 ゆ ら り 、 ゆ ら り


 と玄関の前で左右に揺れているのです。


 テレビ画面から穢れが家に来たんか!? いやいや、穢れの感染るルール『リング』か! などと、もうプチパニックです。


 しばらくフリーズしたのち、私は慌ててリモコンのボタンを押して『残穢』の再生をやめて、アニメの『マッシュル-MASHLE-』の第二期を再生し、オープニング曲のBling-Bang-Bang-Bornを聴いて、精神の均衡を取り戻そうと試みました。


 ようやく冷静になり、今度は横着せずに、ちゃんと廊下の電気をつけて、扉を開けて肉眼で見てみました。


 ……。


 怪異の正体は、玄関のフックにかけたカーキ色のエプロンでした。


 私はすぐにエプロンを置く場所を変え、それ以後は「首吊り死体のように揺れる柳」は現れていません。


 ただ、一つだけおかしな点があります。


 最初にお伝えした通り、我が家は一直線の間取りで、窓は部屋からベランダに出る一箇所しかないのです。玄関が閉まっている時は、扇風機やサーキュレーターでも回さない限り、風など起こる場所ではありません。


 なので、なぜ、あの時、エプロンが首吊り死体のように揺れていたのかは、未だによくわかりません。

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首吊り死体のように揺れる柳 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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