第3話



 「幻覚?真夏の夜の夢?」将太はほほをつねった。


 「こんばんは」メーテルは、嫣然えんぜんと微笑んで、一揖いちゆうした。

 少しハスキーで、アトラクティヴな声だ。

 真夏だが、例の、黒いコートにアストラカンの帽子というシックないでたちだった。

 「?えーと…メーテル…さんだよね?この漫画は「男おいどん」だから出番を間違えていない?星野哲郎が嫉妬するよ?非常に美しくていい香りもしていて、嬉しいし、大歓迎ではあるんだけど。松本零士さんから言伝てとか?」


メーテルは、くつくつと笑って、手を振った。

「メーテルはメーテルリンクから来ている命名で、ほら「青い鳥」の作者ね。今すごくいろいろ困っているあなたに、「幸福」を届けてあげようって、そういう使命を帯びてきたのです。幻覚みたいなもので、まあ幻覚なんだけど、超越的な存在というのはどういう形式で顕現するかとか、地上の人類には想像が及ばないところがあって…」


「う、うん。わかるよ?イスカンダルの彼方から連絡とってくるなんて話も荒唐無稽でSFだよな? つまり、あなたは救いの女神ってわけですか?」


「超越的な存在の意志というのは、これも理解が不可能…ただ、困り抜いているあなたをほおっておくわけにはいかないという、宇宙全体の道徳やら正義みたいなものの総和として、意思決定機関がそういう思し召しをなして…」


「ああ。ああ。まあ、どうせ世の中わけのわからんことだらけだし、つまり救世主様だというんなら、オレのほうは、ひたすらありがたいだけですから…じゃあつまり、どういう救済をしてくれるんですか?お金をたんまり恵んでくれるんですか?」


 ”999”のメーテルは、「機械帝国のプリンセス」だと最後に判明していて、彼女はだからアンドロイドで、黒いコートの下の「蠱惑的な肉体」は、シリコン樹脂とか、超LSIやらマイクロチップやらのArtificial な結合体で…だが、見た目はArtistic な美貌の、神の被造物。

 そこがセクシーな魅力を醸していた。


 「いえ、救済は、お金じゃなくて…stray sheepになっているあなたの彷徨える魂へのかけがえのないひと夏の思い出として…ワタシ、メーテルが、あなたの一夜妻?になってあげるというものです。よろしいかしら?」

「ええ?き、君が?ぼ、僕と?ホントに?」


将太は、飛び上がらんばかりに驚いた。


… …


 この荒唐無稽な展開も、”超越的な存在”の、不可知な次元の暗黙的な領域の派生物?

 それでは、救済してくれるというのも、メーテルが出現したのも、意味や脈絡は、理解しえない…赤塚不二夫の「天才バカボン」やら「がきデカ」やらが、その他の戦後のサブ文化が、日本中を席巻したように、経済的繁栄が板につかないがゆえの不可解な祝祭空間?虚妄のエクスタシー?



 

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夏休みアラカルト 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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