緑を抱えた鉄塊

@bubusonson

第1話「地球の自然」

 J国宇宙船は広大すぎる宇宙という海原を漂っている。


 地球が放射線、自然破壊により滅亡してからすでに二百年が経過していた。宇宙船にいる一千万の人々は地球について想いをはせることもなくなり、ただ百年もある人生をこの宇宙船の中でどう過ごすのかを考えなければならなかった。


 サツキは狭い自分の部屋で目を覚ました。ワンルームのベッドと机しか置いていない部屋の窮屈さはとっくのとうに慣れきっていた。


 身体を起こし、洗面所に行きちょろちょろと弱く流れる水を掌いっぱいにためて顔を洗った。部屋に戻るとクローゼットから制服を取り出し、着替えて学校へ出かけた。学校は彼の部屋から歩いて五分の距離にある。しかし、彼にとってはその五分間が大変苦痛だった。特に朝は幅五メートルの通路が大変混み合う。彼は身体をよじりながら学校へ行かなければならなかった。


 やっとの思いで学校に到着した。学校と言っても全校生徒20人ほどしかいない小さい学校だ。しかし、これでもJ国宇宙船の中では生徒数が多い方だ。


 J国宇宙船の船内はいくつかの区域で分かれている。アルファベットで区域が分かれており、Aに近いほど栄えており、Zに行くほど廃れている。J国の一番のお偉いさんがいるのがAであり、一番廃れているのがZZZ区域である。ZZZ区域に関しては人さえいるのか怪しい。


 サツキが住んでいるのはGAC区域であり、いわゆる中産階級の人々が住んでいる地域だ。住宅が多いため今では珍しくなった子供のいる家族が他の地域より僅かだが多かった。


 しかし、多いと言ってもこのGAC区立高等学校は三部屋しかなく、一つは教室、もう一つは職員室、そして最後の一つはトイレである。


 教室にはもうほとんどの生徒が集まっており、サツキの友人であるサイキは机に突っ伏して寝ており、端の方に席のあるミキノはサツキに気付き小さく手を振った。


 彼は席につき、この学校で唯一の教師が教室入ってきていつものつまらない授業が始まった。


 放課後、HRが終わるとサツキは席を立ちそそくさと帰ろうと思った。しかし、サイキに呼び止められた。


「なあ、俺の部屋にちょっと来てくれよ」

「なんで?」

「ちょっと前におもしろいもんをみつけたんだ。それをちょっとお前に見せたくてよ」

「おもしろいもの? 最初に言っておくが、もう新しいAVの類いとかはこりごりだぞ」

「違う違う。そんなことよりももっとおもしろいもの。いいから来てみろよ。あっ、ちなみにミキノも来るぞ」


 右肩を叩かれる。後ろにはいつの間にかミキノが立っていた。


「まあ、行ってみようよ。どうせ時間はあまってるんだしさ」とミキノは言った。

「……まあ、べつにいいけどさ」


 ミキノが嬉しそうに微笑む。


「決まりだな」


 サイキがそう言うとサツキたちは教室を出た。


 サイキの部屋は案の定散らかっていた。小さな部屋に服が散乱している。


「もう、ちゃんと綺麗にしてよね」

「これくらいが生活しやすいんだよ」


 サツキとミキノはベッドの上に座った。サイキはクローゼットの奥をがさごそとなにやらあさっている。


「あったあった」と得意げに言いながらなにやらでかい箱のようなものを持ってきた。


 それを二人の前にドンと見せた。二人とも最初はこれがなにか理解できなかった。薄汚れていて、文字が書いてあるが読み取ることができない。


 数秒間眺めているとミキノがあっと声を出した。


「これって……もしかして本!?」


 サイキは頷く。


 ミキノは口を押えとても驚いていた。サツキも同様だった。なにせ実物の本など見たことないのだ。

 

 人々が宇宙船で生活するようになった200年間、紙の本は一つも生産されていなかった。紙の本と言えば地球から持ち込んだもののみであり、大半はJ国立書庫館に厳重に保管されていて見ることはできない。市場に流通することはほとんどなく、あったとしてもとても買える値段ではなかった。紙の本を作らないのは当たり前だが宇宙船の中で材料である木を育てるのが困難だからである。


「私、本物の本見るの初めて……」

「僕も」

「驚くのは早いぜ。驚くべきは本の中身だ」


 ベッドの上でサイキは慎重に本を開く。そこには掠れた文字で『地球の自然』と書かれていた。


 二人はその文字を見てギョッとした。


「お、おい! これって」


 サイキが人差し指を立てシーと言う。サツキは小声で言うように気をつけた。


「こんなもの警察にでもバレたりしたら一発で刑務所行きだ。そうなると一生出てこれないんだぞ。こんな書庫館の一番奥の奥にあるような本をなんでお前が持ってるんだ」

「俺の爺さんがこっそり隠し持ってた。俺の先祖が地球から宇宙船に乗り込むときにこっそり持ち込んだらしい」


 サツキは頭を抱えた。ミキノはずっと口を押さえている。


「お前達も中身が気になるだろ。実を言うと俺もまだ見てないんだ。それにお前らはもう見ちまったんだ。中身を見ようが見まいが法律的には変わらない」

「……お前、重大なことに巻き込みやがって」

「大丈夫。もしバレたとしてもお前達の名前は絶対に出さないさ。いいな、次のページを開くぞ」


 二人はその発言を止めることはできなかった。彼らの中にある外の世界に対する好奇心がそうさせたのだ。


 三人は本を見る間、なにも喋らなかった。そこに映っている美しい写真に目を奪われていた。時間があっという間に過ぎ、いつの間にか見終わっていた。サツキはそれらの写真を見て自分の中でなにかが変化したように感じた。




 翌日の学校の授業で自分の進路を考えておくように教師に言われた。サツキたちはあと半年で卒業なのだ。


「なあ、お前はどうする」


 休み時間中にサイキに聞かれる。


「うーん……」


 サツキはなにも思い浮かばなかった。そこで初めて自分はほとんどのものに大した興味を持っていないのだと気づく。


「まだ、決まってない。お前は?」

「俺は教師になりたい」

「教師? お前そんなものに興味あるのか……」

「なんだよその顔。俺は働きたくないんだよ。ずっと学校にいてだらだらしてたいんだ」

「ああ、お前らしいよ。じゃあ、お前は働かずに師範学校に行くんだな」


 サイキは肯いた。


 サツキはそんな彼を見てだだっ広い宇宙に取り残されてしまったような感じがした。

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