箱庭にて会いましょう

水曜日の窓

第1話 私・ダスタァの語り①

そこは箱庭でした。

ええ、過去形です。あそこはもはや箱庭には成り下がれません。

私としては未だ大切な観察対象ではありますが、アレはもう箱庭の域を超えてしまったのですよ。いつから超えてしまったのでしょうか。それはおそらく私があの場に降り立ってしまったからでしょう。私の存在が私を通して箱庭だったあの場所に降り立ってしまった。ゆえにあれはもう箱庭ではいれなくなったのでしょう。

 

順を追って説明、語っていきましょう。

 

私、の存在について貴方たちは知りたいでしょう。だからあえて遺しましょう。いつもならこんな痕跡を残すような真似はしたくはありませんがね。

私の名前は.....あー、うん、まあそうですね。ダスタァとでもしておきましょう。

私の役割は数には収まりません。カウボーイにガンマンに敬虔な牧師様、ある時は読み書きしかできない先生さまに自由気ままな風来坊。身長体重は平凡から少し上増しのようにイメージしてください。自慢ではありませんが酒場での勇者御一行との乱闘騒ぎでは最後から五番目に倒れた人間です。

そう人間、私は人間ですよ。母は普通のパート勤めでしたし兄貴は虐められてたし父親は昭和気質の面倒くさい人間でした。


私のことはこれ以上語っても面白味もないことです。箱庭について語ることとしましょう。

私は、夏休みに入り蝉どもの大事小言を聞き流しながら暑さに茹っていた頃でした。

私は沖縄の叔父の家に泊まっていました。いわゆるハウスキーパーとして。叔父は夫婦が結婚15週念を記念して世界一周の旅に出ていましたから半年は帰ってこない。私はハウスキーパーが来れない夏の期間だけの繋ぎでした。

昨今の異常気象、午前中の涼しいうちにという文言はもはや死語と化し一日中エアコンをつけなければいけない。エアコンが冷気を無尽蔵に吐き出す中、私は都市部で買い込んでいた古本の数々を消化していました。古本というのも買うだけ買って放置できるだけ放置してまたカビの棲家へとなるだけですからね。私は買ったら早急に読むようにしていました。

その時は陽も落ちて、太陽の暴力的な光線が弱まり始めた逢魔時でした。

私は読書を中断してエアコンが流させた冷たい汗をぬるま湯で流した後に、屋上へ上がりこれまた生温い潮風に当たっていました。

私のある種のルーティンでした。荒れた肌を撫でながら私は明日は何しようかと思案しました。一応の思案であるだけで明日も惰性な読書に精を出すという結果を弾き出すためだけの儀式。

私は何も感じていませんでした。

 

事態が変わったのはエアコンの効いた自室に戻ろうとした時でした。背後の夕焼けが変化したと感じました。何故かって?私の影を縁取る光がエメラルドグリーンだったからです。

私は振り向きました。振り向いた先では煌々と夕焼けが燃えていました。但し書きとして緑色という補足は入れさせていただきますがとにかく緑色に。エメラルドを思わせるような現象。私はこの現象をかつて本で目にした記憶がありました。ですがそれとは明らかに違った。何故ならその現象は逡巡の時の中のほんの一部分垣間見えるラッキーな現象であるからです。

今私の目の前で起こっているのは少なくとも五分間は続きました。

私は呆然とこの異常な夕陽を眺めることだけしか出来ませんでした。夕焼けがいつの間にか元に戻りしらばっくれながら海に溶けていく様を見て私は何とか自分を取り戻すと扉に再び手を掛けました。

だが私は再び動作を止めざるをえませんでした。

山の中に、光る物を見つけてしまったのです。それは自分が分解する光のようなものを発していたのでしょう。私からは綺麗な虹色に見えました。

それからの私は早かった。私は一夏の冒険と洒落込みました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱庭にて会いましょう 水曜日の窓 @Madogiwanohana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る