第13話

 じいちゃんの家は、古い日本家屋にほんかおくだ。勇真ゆうまたち家族がまる広間は、障子戸しょうじど雨戸あまどを開ければ、縁側えんがわがある。

 夜、飼育ケースをかかえて縁側えんがわに出た勇真は、座って夜空を見上げた。周辺にはコンビニなんかないじいちゃんの家は、周りが暗いからか、小さな星もよく見える。


「ヒカリ、見える? あれは星だよ」

 飼育ケースの中に声をかければ、ヒカリはかくはちからシャシャと出て来た。じいちゃんの家に来た時には、姿をまったく見せようとしなかったヒカリは、就寝しゅうしんしようかという今は、くつろいでいるように見える。雰囲気ふんいきれたようで安心した。


 ヒカリが、透明とうめいかべに手をついて立ち上がった。その姿は、一層いっそうヤモリからは遠ざかっている。トゲトゲは増え、頭の一番大きなトゲはつのみたいだ。背中のトゲは、二つ丸く盛り上がっている。

 まさか、羽根が生えたりする? そんな想像をしたら、ヒカリの背に一瞬いっしゅん銀の光が走って、こちらを見上げて首をかしげた。


 こんなにカッコいいヒカリを、みんなは見られない。もったいない気もするけど、自分だけの特別な生き物であることが、うれしくもあった。


「明日もう一日ここにいて、明後日あさってに帰るからな」

 明日はみんなで海水浴だ。さすがにヒカリを連れて行くわけには行かないから、この部屋で留守番してもらう。

 ヒカリは分かったと言うように、ピシッと尻尾しっぽで砂をたたいた。


 布団ふとんに入ると、どこからかねこの鳴き声が聞こえた。近くかな、と耳をませば、少し遠くにカエルの鳴き声も、虫の声も聞こえる。風が庭木を揺らす音。そして、壁際かべぎわの飼育ケースから、ヒカリが動くかすかな音も。


 生きて動いているものって、身の回りにこんなにいるんだなぁ。

 そんなことを考えている内に、勇真はねむりの中に落ちていったのだった。


 ○ ○ ○


 翌日、勇真はいつも通りにヒカリの世話をして、広間の荷物と共に、飼育ケースを置いた。


 朝ごはんの後は、従兄弟いとこたちと待ちに待った海水浴だ。父さんと母さん、叔父おじさんや叔母おばさん達も一緒いっしょだ。

 父さんと、叔父おじさん叔母おばさんは水着で海に入ったけど、母さんは「ムリだわ〜」とテントを張った日陰ひかげから動かず、昼ごはん用のバーベキューの準備を、じいちゃんとしている。

 せっかく海に来たのに! そう思いながら、従兄弟いとこたちとおなかペコペコになるまで泳いだ。



「勇真は、色んなものをよく食べるようになったなぁ」

 砂浜でバーベキューを楽しんでいた勇真は、じいちゃんにそう言われて、皿を持ったまま目をまたたいた。

「そうかな」

「そうさ、正月に来た時には、だーいぶあれこれ残しとったぞ?」

 あらためて好き嫌いの多さを自覚じかくして、勇真は少し顔が赤くなった。でも、最近は出来るだけ残さず食べるようになっていた。

 皿に乗っているものが、元々は生き物であったと意識したから。“粗末そまつにしない”という意味が、分かった気がしたから。


「生き物の生命いのちをもらってるんだって、この前教えてもらったんだ」

「ほう、それはえらいことを勉強したなぁ」

 じいちゃんは、うれしそうに目尻めじりにしわをせて、何度もうなずく。そして、あみの上で焼き目のついたピーマンをトングで指した。


「このピーマンはな、じいちゃんが作ったんだ。食べてみてくれるか?」

「じいちゃんが作ったの?」

 ピーマンは苦手な野菜のひとつだ。だって、苦いんだもの。

「そうさ、うらの畑でな。野菜も、動物とは違うが、大地とお天道様てんとうさまが育てた立派りっぱ生命いのちなんだ」

 じいちゃんは笑って、あみの上でピーマンをひっくり返した。


 野菜も、生命いのちなの?

《人間とはちがっても、水や栄養をもらって成長していくのだから、確かに生命いのちじゃのう》

 カミサマがホッホッと笑った。

 確かに、学校でアサガオを育てた時も、ホウセンカを育てた時も、登校したら毎日水をやった。ヒカリの世話を毎日するのと同じように、毎日様子を見ないと枯れてしまうから。

 そうか。姿形はちがっても、しゃべったり動いたりしなくても、花も野菜も生命いのちなのか。


 勇真は皿を差し出して、ピーマンを皿に置いてもらった。焼肉のタレをたっぷりつけて、エイヤ、と口に放り込む。

 やっぱり、少し苦い。でも、食べられた。

 ちょっぴり変な顔になったけど、じいちゃんと目が合ったので「食べられたよ」と言った。おいしいよ、とは言えなかったけど、じいちゃんはうれしそうに笑っていた。



「勇真は、最近すごくいろんなことをがんばってるなぁ。ヒカリを飼い始めてからかな」

 父さんが言って、勇真の顔をのぞき込んだ。


「どんどんお兄さんになるんだなぁ」

「そうだよ、もう十歳だもん」

 軽く頭をなでられて、勇真は照れくさいような気持ちで答えた。水着の上に羽織はおったパーカーのポケットに手をっ込んで、そこに入れていた薄灰色うすはいいろの玉をにぎる。


 ねえ、カミサマ。

 知らないだけで、世界には生命いのちがいっぱいなんだね。

《そうじゃな。人間だけじゃなく、動物や魚、虫に植物。生きているものはみんな生命いのちじゃ》


 勇真は、辺りをゆっくりと見回した。青い海と、かわいた砂、白い雲のかぶ空。瓦葺かわらぶきのじいちゃんの家のずっと向こうに、なだらかな山々がつらなる。

 この景色の中に、まだまだ知らない生命いのちが、たくさん、たくさんある。ぼくも、その内のひとつの生命いのちなんだ。

 勇真は大きくゆっくりと、深呼吸しんこきゅうをした。


 ○ ○ ○


 昼ごはんのバーベキューをたくさん食べてから、勇真たちはもうひと泳ぎしていた。太陽は今日も元気いっぱいに世界を照らしていて、暑くて、海遊びはとても楽しかった。


 今年の水泳授業で、ずいぶん泳ぎが上達した勇真は、うき輪をビートばん代わりにして進んでいた。


《勇真! 大変じゃ! 侵入者しんにゅうしゃじゃ!》


 突然とつぜんカミサマの険しい声が聞こえて、勇真はおぼれそうになって、あわてて立ち上がる。足がつく深さの場所で良かった。


侵入者しんにゅうしゃ!? なにそれっ!?」

《ヒカリがおそわれておるのじゃ! 早く助けておくれ!》

「ええっ!?」

 ヒカリがおそわれている!? 一体誰に!?

 勇真はうき輪を投げ捨てて浜に上がり、そのままサンダルに足をっ込んでけ出した。

「勇真!?」というおどろいた声が後ろから聞こえたけど、無視してじいちゃんの家にもどる。


 じいちゃんの家は海から近いので、走ればすぐにもどれた。急いでもどったので、上着を着ていない。ポケットに入れていた薄灰色うすはいいろの玉がないので、勇真の心の声は聞こえないはずだが、カミサマは誘導ゆうどうしてくれた。


うらから縁側えんがわに回るのじゃ!》

 その声の通り、勇真は玄関の横を通り過ぎて、庭に入ってうら縁側えんがわを目指した。そして、目に入った光景に目を見開いた。

 縁側えんがわ雨戸あまどは朝開けたままだ。しかし、閉められていたはずの障子戸しょうじどには、下の方に大きな穴が空いていた。


「ヒカリ!」

 障子戸しょうじどを急いで開けると、布団ふとんを部屋のはしに積んだ広間の真ん中で、侵入者しんにゅうしゃが飼育ケースをひっくり返していた。

 タタミの上にまき散らされた砂とエサのそばで、まだら模様もよう侵入者しんにゅうしゃ―――ノラ猫が、ビクビクと動くをおもちゃにして遊んでいた。


「コラーッ!」


 勇真の大声で、ノラ猫はおどろいて飛び上がり、ものすごい勢いで横をすりけてげて行く。しかし、勇真はげるねこには目もくれず、縁側えんがわから部屋にけ上がる。


 よごれたタタミの上で、長いヒカリの尻尾しっぽだけが、ビクビクと大きくねていた。

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