第12話

 八月十三日。

 じいちゃんの家に向けて出発するため、荷物を準備して終わった勇真ゆうまは、薄灰色うすはいいろの玉をズボンのポケットに入れた。

《勇真よ、わざわざ玉を持って行かなくてもワシはついて行けるが?》

「これがないと、念話ねんわできないでしょ」

《おお? ワシと話せないとそんなにさみしいのかの?》


 勇真は顔をしかめた。

ちがうって! カミサマに一方的に話しかけられるのは困るんだよ」

《またまた〜、ワシと話せないとさみしいのじゃろ?》

「ハイハイ」

 めんどうくさくなって、適当てきとうに返事を返していると、《相変わらず失礼なやつじゃ!》とカミサマはギャーギャーとさわいでいたが、しばらくしてため息をついた。


《まあ、よいわ。残り一週間だからの。たんまりワシと話しておくと良いぞ》

 リュックサックのファスナーを閉じようとしていた勇真は、おどろいて顔を上げた。

「残り一週間って?」

《“ナゾタマゴ”からヒカリが生まれて、今日で二十四日じゃ。三十日間だと、今日を合わせてあと一週間じゃろ?》

「なにそれ? 三十日たったらカミサマどっか行っちゃうってこと? そんなの聞いてないよ!」


 声を強くして言った勇真を、ホッホッと笑い、カミサマは続ける。

《言ってなかったかのぅ。飼育期間は三十日程度ていどと説明書にも書いてあったじゃろ? ワシがサポートするのも、そこまでじゃ》

「そんな!」

《勇真、まさかおぬし、ワシがず〜っと一緒いっしょにおるとでも思っておったのか?》

 勇真は言葉にまった。この先、カミサマがずっとそばにいるとは考えていなかった。でも、夏休みの学びの神様と聞いていたから、勝手に夏休みいっぱいはいるものだと思っていた。


「“夏休みの学びの神様”なのに、夏休みが終わる前にいなくなるなんて、ズルいよ」

 苦しまぎれに言ってみれば、カミサマはカカカと笑う。

《おぬしがフライングしてタマゴをセットしたからじゃな。夏休みが始まってから開ければ、そこから孵化ふかまでの十日と三十日を合わせて、ちょうど夏休みが終わるまでじゃったのにのぅ》

「だって……」


 いいわけを探しながら、勇真はカミサマが言う通り、カミサマと話せなくなるのはさみしいと感じている自分に気付いた。 

 ヒカリとカミサマがいる夏休み、なんだか楽しいんだ……。


 そして、ふと気付いてたずねた。

「ヒカリは? カミサマ、飼育期間が三十日程度ていどって、ヒカリはどうなっちゃうの?」

《勇真が大事に世話をするなら、まだまだ生きるじゃろうな》

「そっか……。でも、じゃあどうして三十日程度ていどって書いてあるの?」

 ヒカリがまだ生きることはホッとしたが、そもそもどうしてそんな期間が書かれてあるのだろうか。


《残念ながら、生まれた生き物を、勇真の様にかわいがってくれる者ばかりではない、ということじゃな》

「え……」

 カミサマは少し声を低くして、言う。

「例えて言うなら、夏祭りの金魚すくいと同じじゃ。かわいくて、楽しいから金魚をすくう。じゃが、ふくろに入れて連れて帰って、金魚を生かせる環境かんきょうをどれほどの者が整えられると思う?」

 もちろん、生きられる環境かんきょうの中、長生きする金魚もいる。しかし、その場のノリですくわれて帰った金魚が、すぐに死んでしまう話もよく聞かれることだ。


「あのチラシにっている飼育キットを購入こうにゅうするのは、かわいがって育てる目的の者ではないのだから、言うにおよばずじゃな」

 勇真は去年のカブトエビを思い出して、下唇したくちびるをかんだ。宿題のために育てようとした、カブトエビ。上手うまく育てられられなくて、数日で全ていなくなった。自由研究がまとめられなくなって、腹立はらだたしく思いすらしても、少しも悲しまなかった自分……。

 小さくて小さくて、観察するのに虫メガメが必要だった。拡大かくだいして見ると、たくさんの小さな足が動いていた。

 あれも、確かに生命いのちだったのに……。


 あの生命いのちは取り戻せないけれど。ヒカリは、代わりの生命いのちじゃないけれど。

「……カミサマ、ぼく、これからもヒカリを大切にする」

《そうしておくれ》

 カミサマがうれしそうに言った。


 飼育ケースの中で、さらに大きくなったヒカリが、こちらをじっと見つめる。そのくりくりとした目は、キラキラとかがやいていた。


 ○ ○ ○


 あと一週間でカミサマとお別れ。

 勇真の頭の片隅かたすみで、そのさみしさが引っかかっていたけれど、じいちゃんの家に着いてしまえば、久しぶりに会う親戚しんせき従兄弟いとこ達とり上がって、さみしさは一旦いったんどこかへ行ってしまった。

 としの近い従兄弟いとこ達は、友達とはちがった感覚かんかくだ。一人っ子の勇真にとって、一緒いっしょにいると、まるで今だけ兄弟ができたみたいで特別なのだった。


 勇真は飼育ケースを持って行って、皆にヒカリを紹介したが、ヒカリはずかしいのか、それともこわいのか、かくはちから姿を見せなかった。それで、勇真たち家族がまる予定の広間に、荷物と一緒いっしょに飼育ケースを置いて、ヒカリが静かに過ごせるようにした。


「だいじょうぶだよ、ヒカリ。ここならこわくないからな」

 勇真が霧吹きりふきをして、声をかける。ヒカリはちょっとだけ顔を見せて、ペロと水滴すいてき一舐ひとなめした。



 じいちゃんの家からは海が近い。勇真は敷地しきちの向こう側に見える海を見てワクワクしていた。毎年みんなで海水浴をするのも楽しみだ。

 しかし、まずは午後に少しはなれた墓地ぼちに行って、掃除そうじしてからお墓参はかまいりするのが、おぼんの決まりだ。

 みんなで昼食後に墓掃除はかそうじに行き、カンカン照りの太陽の下、けた墓石ぼせきの周りをみんなで掃除そうじした。


 ていねいに墓石ぼせきみがきながら、じいちゃんが言う。

ばあさん、今年もみんなが来てくれたぞ」

「じいちゃん、ここにばあちゃんがいるの?」

 勇真よりも年下の従兄弟いとこが、じいちゃんにまとわりついて聞いた。

「そうだな。ばあさんだけじゃないぞ。ご先祖様せんぞさまがたくさんねむってるんだ」

「ご先祖様せんぞさまって?」

「じいちゃんの父さん母さん、じいちゃんのじいちゃんやばあちゃん達だな」


 従兄弟いとこは目を丸くした。

「じいちゃんにも、じいちゃんがいたの?」

「そうさぁ。みんなに父さんと母さんがいて、じいちゃんとばあちゃんがいる。そうやってどんどん生命いのちが続いているんだなぁ」

 その会話を聞いて、勇真はばあちゃんのことを思い出そうとするが、ほとんど思い出せない。ばあちゃんは勇真が入学する前に亡くなっている。でも、確かに勇真が幼稚園ようちえんのころは生きていた。



 生きて、死んで、つながって、そうやって生命いのちは続いていくんだ。

 熱い夏の風が吹き抜けて、線香せんこうけむりが青空に消えていく。勇真はそれを追って、広い空を見上げた。


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