第11話

「うわ〜、ヒカリおっきくなったねぇ!」

「ホントだ、スゲェ!」

 今日、勇真ゆうまの部屋には、同じクラスの友達、大翔ヒロト望果みかが遊びに来ていた。


 二人とも、夏休みに入ったばかりのころに一度遊びに来て、生まれて数日のヒカリを見た。飼育ケースの外からのぞいて、「やっぱりヤモリだっんだね」なんて会話をしたが、その時から考えると、ヒカリはとても大きくなっていた。今日も同じように、飼育ケースをのぞいておどろいている二人だが、それを見守る勇真は、緊張きんちょうしていた。


 かくれはちに、体を半分つっこんだヒカリが、くりくりとした目で見上げている。飼育ケースを上からのぞいた後、横からながめていた望果は、勇真の方を見てたずねた。


「ねえ、それにしても、ヒカリって本当にヤモリなの?」

 ドキッとした勇真が答える前に、大翔も大きくうなずいて言う。

「確かになー。なんかゴツゴツしてて、カッコいいけど、知ってるヤモリとは違うよなぁ」

「二人には、ヒカリが普通のヤモリじゃないように見えるの?」

 大翔の言葉に重なるようにしておそおそる質問すると、望果と大翔は顔を見合わせた。

「う〜ん、私の知ってるヤモリって、もっとツルッとしてるんだよね」

「そうそう。こんなにゴツゴツしてるなんて、なんかさ……」


「「ドラゴンの子どもみたいだよね」」


 二人の声が重なって、勇真はうれしくてほおをゆるめる。飼育ケースの中で、ヒカリが小さくジュと鳴いた。

「二人は、ヒカリが見えるんだ!」



 ヒカリの体はまた変化していた。

 今回の変化は、勇真がヤモリのことを本やインターネットで調べるようになったころだった。改めてヒカリの絵をこうと思って観察したら、いつもと違ったのだ。

 体のトゲトゲが増え、目と目の間から、太く長くなった尻尾しっぽの先まで、背中を一直線に並んでいる。体の色は変わらず灰色だったが、まだらに濃い斑点模様はんてんもようがあった部分は、はっきりとウロコがき出ている。そして、小さくて指先の丸い手足には、ガッチリととがったつめびていた。

 ヤモリというよりは、トカゲ? いや、トカゲというよりは……。


「ドラゴンの子どもみたいだと思ったけど、それを父さんと母さんに言ったら、ヒカリはヤモリにしか見えないって言うんだ」

 飼育ケースの中のヒカリを見せて説明したけど、どうやら父さんと母さんには、少し大きめのツルンとしたヤモリにしか見えないらしい。体のトゲトゲも、ウロコも、なんと母さん達には見えていないのだ。

 こんなにもカッコいい変化をしたのに! 特別なヤモリ、見えないなんてなんてもったいない!


「カミサマが言うには、世界のを受け入れていて、ヒカリが見せてもいいと思う相手にしか、見えないんじゃないかって」

「世界の不思議って?」

「カミサマって何!?」

 おどろいて前のめりになる望果と大翔に、勇真はカミサマのことや、ヒカリの変化のことを、最初からすっかり話したのだった。


 ○ ○ ○


「スゲェ! 勇真、大当たりじゃんか!」

「ホントだよ! シークレット引き当てるなんて、ガチャやってもなかなかそんなことないよ!」

 話を聞き終わった途端とたんに、大興奮だいこうふんで身を乗り出す二人を見て、勇真はうれしくなって自然と笑顔になった。片手に持ったままだった薄灰色うすはいいろの玉を、さらにギュッとにぎる。


 カミサマ、カミサマ!

 やっぱり二人は、ちゃんとぼくの話を聞いて信じてくれたよ!

《そうじゃな。おぬしは友人にめぐまれておるのぅ》

 ホッホッとうれしそうにカミサマは念話ねんわで笑った。カミサマの声は、選ばれた勇真にしか聞こえなかった。試しに、二人にこの丸い玉をにぎってもらったけど、声が聞こえなかったから間違まちがいない。

「おそなえ物するから、私にも声を聞かせてよ〜!」なんて言って、望果がお土産みやげに持って来た手作りのお団子だんごを玉の前に置いてみたら、玉がピコンとねたので、二人は大喜びで手をたたいた。でも、カミサマが《ぬおおっ! この団子うま〜いっ!》とさけんでいるのは伝わらなかったみたいだ。残念。

 いや、食べられないのにおいしさが分かってたみたいだから、そこは残念でもない? っていうか、なんで分かったんだよっ!?


 でも、やっぱり友達って、いいな。

 勇真がそう思うと、まるで「そう思うよ」と言うように、ヒカリが尻尾しっぽをペシンと動かした。勇真はヒカリに笑いかける。ヒカリは、勇真が望果と大翔を大事な友達だと思っていることを分かって、姿を見せてくれたんじゃないか。そんな風に思えた。


 不思議なことを目の前にしても、いつもとまったく変わらない友達は、なんて心強いんだろう。

 ふと、勇真は思った。こうやって信じてくれる友達がいても、声を聞いてあげられるのはぼくだけだなんて、カミサマはさみしくないのかな……。

 望果と大翔の前で、薄灰色うすはいいろの玉は、キラリと光りをはじいていた。



 コップの底に残ったりんごジュースを、ストローでズズズと吸い上げて、望果が言った。

「そういえば、おぼんの時って、ヒカリはどうするの? 確か、勇真は去年も親戚しんせきの家にまりに行ってたよね?」

「うん、今年も十三日から二泊にはく三日で行く予定だよ」


 勇真の家族は毎年、県境けんざかいに住んでいるじいちゃんの家にまりに行く。親戚しんせき家族が集まり、としの近い従兄弟いとこもいるので、一人っ子の勇真には楽しい期間だ。じいちゃんの家は海が近いところに建っているので、海で泳ぐこともできるのもうれしい。


「ヒカリは、連れて行こうと思ってるんだ。このケースならそんなに大きくもないし、重くないから」

「お留守番じゃないんだ?」

「うん。なんか、ひとりだけで置いていくの、かわいそうな気がして……」

 エサも水分も多めに置いて、ヒカリにちゃんと声かけして行けば大丈夫だいじょうぶなのかもしれない。カミサマがいれば、平気かも。そんなことも考えたけど、以前カミサマが見せてくれたヒカリの視界しかいを思い出して、連れて行こうと思った。

 人気ひとけのない家の中で、一心いっしんに勇真が帰って来るのを待つヒカリを想像したら、置いていけない気がしたのだ。


 気がつくと、望果がニマニマと笑っていたので、勇真は首をかしげる。

「何だよ?」

「いや〜、勇真がこんなにヒカリをかわいがるようになるなんて、想像してなかったからね」

「え、なんで?」

 大翔も同じように思っていたようで、お団子だんごさっていたくしをクルクルと回しながら笑った。

「だって、勇真はオレんちのラッキーにもそんなに反応しないし、学校で飼ってるウサギも、メダカもすすんで世話はしないだろ? 生き物全般ぜんぱん興味きょうみがないのかと思ってた」

「私もそう思ってたよ」


 あらためて言われて、勇真は言葉にまる。言われた通りだ。今まで、身の回りの生き物に、あまり興味きょうみがなかった。

 親や友達、先生、近所の人。自分と同じ人間は、意識していた。けれど他の生き物が、人間と、自分と同じように、色々なことを感じて生きていると考えたことはなかった。

 いや。同じように、“生きている”と、考えたことがなかったのかもしれない。


「人間も動物も、みんな同じ“生命いのち”なんだって、ヒカリを飼って初めて考えたんだ。……おそいかな?」

 少しはずかしいような、照れくさいような気がして、もじもじして言えば、「おそいわー!」と望果にかたを思いきりたたかれた。


「でも、おそくてもいいじゃん。知らないままより!」

《ホッ、まさに、まさに!》

 二人がニカッと笑い、薄灰色の玉カミサマがゆれるので、勇真は肩をさすりながら、へへっと笑った。

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