第9話

 勇真は飼育ケースの中を見つめて、自由帳にヒカリをく。


 今日は八月一日。ヒカリが生まれてから、今日で十二日。

 五センチほどの大きさに成長したヒカリは、最初よりもだいぶ見た目が変わってきた。ツルリとした肌の感じと、灰色メインの色合いは変わらない。しかし、体の大きさはあまり変わらないのに対して、長い尻尾しっぽはぐんとびた。体長のびは、尻尾しっぽの長さが増した分かもしれない。

 そして、目と目の間から背中にかけて、小さな角のようなトゲトゲがつらなっている。顔の両端りょうはしにもトゲトゲが出来ていて、なんだか恐竜きょうりゅうみたいでカッコいい。くりくりとした目は変わらず、たて割れの瞳孔どうこうが黒く開いていて、勇真の動きに合わせて少しずつ広がったりせまくなったりした。


「カッコいいぞ、ヒカリ」

 勇真が声をかけると、ヒカリは尻尾しっぽでペシンと砂をたたいた。機嫌がいい証拠しょうこだ。頭をククッとかたむける仕草しぐさが、「そうでしょ?」と言っているみたいに見えた。

 最近よく観察しているからか、ヒカリの動きで、言いたいことがなんとなく分かることが増えた。今までなら、気のせいだろうと思ったかもしれない。

 ううん、気のせいだとか、そんなことも考えなかったかもしれない。


 こんな風に感じるようになったのは、カミサマが、勇真にヒカリの視界を見せてくれてからだ。

 あれから五日たった。あの後、勇真はとても反省して、ヒカリに一生懸命いっしょうけんめい謝った。ヤモリに謝っても分かるわけがないなんて、もう思わなかった。

 最初まったく相手にしてくれなかったヒカリだが、二日たつころには、少しずつこちらを向いて反応してくれるようになった。そして、ピンピンにとがっていたトゲトゲは、三日ほどで先が少し丸まった。

 ぼくのこと、ゆるしてくれたのかな……?

 何の表情もないように見えるけど。人間とはまったくちがう生き物だけど。ヒカリは、人間や犬や猫みたいに、たくさんのことをちゃんと感じているんだ。


 ぼくとヒカリ、何もかも、ぜんぜんちがうのに、同じところもある。不思議だな、生き物って。

 初めてそんなことを考えた。



「できた!」

 ヒカリの絵をき終えた勇真は、その特徴とくちょうであるトゲや足、目などに、矢印をつけて文字でも書き込んでいく。自由研究の宿題は、この自由帳を見ながら画用紙に清書していくつもりだ。


《ほう、上手うまいものじゃな。勇真は絵をくのが好きなのか?》

 自由帳を机の引き出しにしまっていると、カミサマが言った。

「うん、図工は好きだよ。絵をくのも、工作も楽しい。だから画用紙にまとめるのはそんなにイヤじゃないんだ」

《なのに、自由研究はやりたくなかったのか? 色々調べて新しく知識を得ることは、楽しいことじゃろ?》

「う〜ん、そうなのかな。でも授業で新しい単元に進む時はイヤになるよ?」

《なぜじゃ?》

 勇真は引き出しの中を見た。そこには各教科の教科書やノートが並んでいる。

「新しいこと知って楽しいっていうより、おぼえなきゃいけないことが多すぎて大変なんだもん」


 一学期の間に習ったのは、きっとまだこの教科書の半分にもならない。まだ開いてもないところに、おぼえなくちゃならないことがいっぱいまっているのかと思うと、やっぱりイヤになる。


 カカカ、とカミサマが笑った。

《それは勇真、おぬしがまだ“知る”ということの本当の楽しさを分かっていないのじゃな》

「本当の楽しさって?」

《知りたいことを知り、新しい疑問がく。それを調べると、さらに次のことを知りたくなる。それが楽しいのじゃ》

 勇真は目を見開いて、学習机の灰色の玉カミサマを見た。

「なにそれ! 無限ループじゃん!」

《おお! 無限の楽しみじゃの。何を調べても知ってもよい。自分次第しだいで世界は広がるぞ。ワクワクするではないか!?》

「そうかなぁ……」


 課題を出された方が、やるべきことが分かって楽チンだ。何でもいいと言われると、何を調べるべきなのか、はばがありすぎて分からなくなってしまうと思うけど。

 あ。そういえば、「夕ごはん何がいい?」って聞かれて「何でもいい」って答えると、母さんは嫌そうな顔をするなぁ。「“何でもいい”って言われることが一番難しいのよ」ってブツブツ言ってたのは、そういうことなのか。じゃあ、今日からは唐揚からあげかカレーって答えておこうかな。


《……おぬし、もう他のことを考えているな?》

「え、別に」

 そんなことを話していると、一階から母さんの「勇真、お昼ごはんよ」という声が聞こえた。


 ○ ○ ○


 お昼ごはんに出されたサバの塩焼きを、勇真ははしの先できさした。何度かさしてほぐれた身を、少しだけ口に運ぶ。

《嫌々食べているという感じじゃなぁ》

 カミサマの苦笑にがわらいが聞こえる。

 だって魚は嫌いなんだよ。


 一方的に話しかけられるのは困るので、最近の勇真は部屋から出る時、薄灰色うすはいいろの玉を持ち出していた。今もズボンのポケットに入れているので、カミサマと思念しねんで会話できた。

《なぜ嫌いなんじゃ?》

「勇真、お魚もちゃんと食べてね」

 カミサマの声と、母さんの声が重なったので、勇真は思わず声に出してカミサマに答えた。


「だって骨が多いから、魚は嫌いなんだ」

「あら、それでいつも魚を残すの?」

 母さんは少しおどろいたような顔ではしを止めた。そういえば、魚が嫌いとは言ったことがあるけど、嫌いな理由をくわしく説明したことはなかったかもしれない。

「骨があると、すごく食べにくいんだもん。前に小さな骨が歯ぐきにさって、すごく痛かったし。魚に骨がなければいいのにさ」


 すると母さんは、勇真の皿を自分の方にせて、骨を取り始めた。

「そうねぇ、確かに骨がなかったら食べやすいわよね。そういえば母さんも、子供のころは骨を取るのが苦手だったわ」

「母さんも?」

「そうよ、サンマの塩焼きなんて、味は大好きなのに小骨が多くて!」

 確かに。食べたくない魚の第一位かもしれない。

 話している間に、母さんはササッと骨を取ってほぐしたサバの皿を、勇真に返す。とても食べやすそうだけど、なんだか小さな子どもに戻ったみたいで、少しずかしくなった。


「お刺身さしみとか、フライだったら、ちゃんと自分で食べるよ。別に、魚の味が嫌いなわけじゃないんだから……」

 思わず変ないいわけをしてしまうと、母さんは笑う。

「でもねぇ、骨があるから美味しい身になるのよね、きっと」

「え? 関係あるの?」

「あるわよ、骨がないと体を支えられないでしょ? 体を支えられないと、生き物ってぐにゃぐにゃのタコとかナメクジみたいな生き物になっちゃうんですって!」


 勇真はおどろいて、箸先はしさきでつまんだばかりのサバの身を皿に落とした。

「タコ? ナメクジ!?」

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