第6話

「これは多分ヤモリじゃないかな」

「やっぱりそうなんだ」

 仕事から帰って来た父さんに見せたのは、飼育ケースの中で動くもの。


 飼育ケースの中は、今は割れたタマゴのからとハンドタオルを取り除き、キットに入っていたげ茶色の砂をいている。そのちょうど中央に、ペロンと体をばしているのは、三センチほどの小さな灰色の生き物。


ナゾタマゴ”から生まれた、小さな……トカゲ?


「ヤモリって、どうやって飼うの」

「それなんだよな。説明書には何が生まれるのか書かれていなかったから、くわしい飼い方が分からないんだ」

 飼育ケースを近くでのぞいて、ヤモリのくりくりとした目がチロと動くと、母さんはまゆせて一歩下がった。


「ヤモリでもイモリでもいいけど、くわしい飼い方が分からなくてお世話できるの?」

「これは自分で調べろってことなのかな」

 父さんは、ちょっぴりヒゲのびたあごを、ジョリジョリいわせながら指ででた。

 説明書なのに必要な説明が全部書かれていないなんて、売り物としてどうなんだ。それとも、それを調べるところからが自由研究だとでも言うつもりだろうか。

 うへぇ、母さんの「自分で調べてごらんなさい」みたいだな。文字びっしりの紙なんて読みたくないけれど、勇真はもう一回見てみようと、説明書を手に取った。

「あれ?」


 持ち上げてみると、四つ折りにされていたはずの説明書のはしっこが、もう一折りされていることに気付いた。パラリと開いたそこには、『ナゾタマゴから生き物が生まれたら』と題して、二つのQRコードがしるされていた。QRコードの上には、それぞれ、『トカゲの場合』『カメの場合』と書かれてある。


「父さん、こんなのあったっけ?」

「ん? ああ、こんなところに! 父さんが見落としてたのか、すまんすまん」

 そう言って父さんはスマホをかざして、QRコードを読み取り始めた。

 でも、そんなことないんじゃないかな。キットが届いて準備をした日、説明書をちゃんと見たけど……、まあ隅々すみずみまで見たのは父さんだけど、でもB4の用紙は確かに四つ折りにされていて、こんな折り目は絶対になかったはずだ。


 ねえカミサマ、どういうこと?

 心の中でカミサマに問いかけるが、こんな時に限って無反応だ。

 そうか、思念しねんで会話できるのはタマゴにさわっている時だけだって言ってたっけ。う〜ん、便利なようで便利じゃない。こういうのを『かゆいところには手が届かない』っていうんだっけ?


「やっぱりヤモリみたいだけど、くわしい種類は書いてないな。世話の仕方は難しく無さそうだけど、勇真も読んでおきなさい」

 父さんがスマホをわたしてくれたので、勇真は書かれている説明を読んだ。紙に書かれた小さな文字を読むのは嫌になるのに、スマホ画面をスクロールして読むのはあんまり嫌じゃない。こっちの方が文字は小さい気がするのに、なんでだろう。

 重要なことは、毎日新鮮しんせんな水をあげること。霧吹きりふきで飼育ケースのかべ湿しめらせること。後はエサをやって、こまめに掃除そうじ、などなど……。

 そんなに難しくなさそうで良かった。


「ところで、なんていうヤモリなのかな。ヤモリにも種類があるんでしょ?」

 スマホで見た説明にも“ヤモリ”としか書いていないので、勇真は聞いてみたが、父さんも首をひねった。

「う〜ん。特に名前は書かれてないんだよな。確か日本にヤモリは十数種いるって聞いたことがあるんだが……。もう少し大きくなったら特徴とくちょうが出てきて分かるのかな? また一緒いっしょに調べてみようか」

《今回の“ナゾタマゴ”は、ワシが付いてきた“しーくれっと”じゃからな。特別なトカゲじゃぞ》


 父さんの言葉にかぶせるようにしてカミサマが言ったので、勇真は一瞬いっしゅんビクッとしてしまった。しかし、おどろいたことを気付かれないように平常をよそおう。さいわい父さんにも母さんにもバレていないようだ。

 まったくカミサマめ。おどろくタイミングで声をかけるのは、もしかして楽しんでるんじゃないのか?


「あー、うん、じゃあ今度また調べるね。今日はとりあえずこれで部屋に連れて帰るから」

 勇真は父さんとの話を打ち切って、飼育ケースをかかえると、急いで自分の部屋にもどった。



 部屋にもどってドアを閉めると、勇真は急いでカミサマにたずねる。

「ねえ、特別なトカゲってどういうこと? これヤモリじゃないの!?」

《ヤモリじゃよ、少なくともな》

「今は? じゃあ成長したらちがうものになるってこと? 何になるの?」


 部屋のあちこちに向かって、キョロキョロしながらたずねた勇真に、カミサマはあきれて笑った。

《質問ばっかりじゃなぁ、勇真は》

 勇真はムッとして口をゆがめた。

「だって、分からないことばっかりなんだもん」

《そうじゃな。しかし、何がどうなるか分からないからこそ、楽しそうだと思って“ナゾタマゴ”を選んだのじゃろ?》

「そ、それはそうだけど……」

《それなら、ほら、まずは観察じゃ》


 勇真は、かかえたままだった飼育ケースを見下ろした。

 底にかれたげ茶色の砂の上に、ペロンとびたヤモリ。まだ三センチほどの灰色の体には、まだらに斑点模様はんてんもようがある。くりくりとした丸い両目にまぶたはなく、キュッと縦にしぼられた瞳孔どうこうはよく見ればこわ雰囲気ふんいきだ。しかし、軽く首をかしげてこちらを見上げると、キラキラと光をはじいて、宝石みたいにかがやいた。


 このトカゲは、本物のヤモリなのかどうかも分からない。分からないことだらけだけど……。


「……この子、ぼくのヤモリなんだな」

《そうじゃな、勇真のところにやって来た、ひとつの生命いのちじゃ。名前もつけてやらなければな》

「名前……」

 生まれた姿を見てから決めようと思って、前もって考えてはいなかった。でも、ヤモリと目が合って、今ひらめいた。

 

「光……。“ヒカリ”にする」


 その途端とたん、ヤモリの灰色の体に、銀色の光が走った。そして、するんと長い尻尾が、楽しげに砂の上をれる。まるで勇真にあいさつをしているかのようだった。

《良い名前じゃな。ヒカリも気に入ったようじゃぞ》

「そうかな。そうだといいな。ねえ、カミサマ、ヒカリは本当に特別なヤモリなの?」

《そうじゃ》

「何が特別?」

 フフフフ、と意味深いみしんにカミサマが笑う。

《それは勇真しだいじゃな。おっと、そう言えば勇真、観察記録を書かないといけないのではないのかの?》

「あっ! そうだ! 自由研究!」


ナゾタマゴ”は自由研究のために買ってもらったのだ。タマゴの段階から続けて記録しておかないと、観察記録の意味がなくなってしまう!

 急いで自由帳を引き出しから取ろうとすると、学習机がれて、まだ上に置いてあったタマゴのからが落っこちた。ヒカリが生まれたために割れていたタマゴは、ゆかに落ちると転がって、三回転する内にまん丸になった。まん丸い玉は、部屋の真ん中でピタリと止まってぴょんとねる。


《勇真がどこに向いて話したら良いか迷っているようじゃからな、今からワシの体はに決めたぞ》

「ええ〜!? カミサマじゃなくて、タマサマじゃん!」

 ムッキーッ! とカミサマが声もなくおこってたみたいだけど、勇真は無視することにしてノートに記録をとり始めたのだった。

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