第5話

「あ〜、もう通信簿つうしんぼサイアク〜」

 一学期の終業式の日。教室で担任の先生から配られた通信簿つうしんぼを見て、勇真ゆうまの後ろの席で望果みかが机にたおれた。


「何が最悪だったんだ?」

「どうせ算数だろ?」

 勇真が振り返って聞けば、望果の隣の席の大翔ヒロトも笑ってのぞき込む。

「いっつも算数の成績悪いよな、望果は」

「うるさいな」

 イヒヒと大翔が笑うと、望果がペシリとそのうでをたたいた。しかし否定しないところを見ると、やっぱり算数の成績が悪かったらしい。


「筆算嫌いなんだよね〜、どこまで計算したのか分からなくなっちゃうんだもん。それに割り算してるのに九九くくも必要って、わけが分からなくない?」

「僕は望果の言ってることの方が意味不明だけど」

 ぷぅと望果がほおをふくらませた。エサをいっぱい頬袋ほおぶくろに入れるハムスターみたいだ。


「ま、算数以外はまあまあだし、いっか! もう夏休みだもん、一学期のことはポイポイだよ!」

「そんなこと言って、宿題に算数のプリントいっぱい出てたぞー」

「うわあぁ……。もう、なんで夏休みはこんなに宿題が多いのよ……」

 元気を出そうとしたのに、大翔が宿題プリントをじたファイルを見せたので、望果は再び机の上にっぷした。

 楽しい楽しい夏休みであるはずが、山のように宿題を出されるのだから、そんな反応をしたくなるのもよく分かる。先生達はわざと意地悪しているのではないのだろうかと思えるほどだ。

 ああ、宿題の心配なんていらない、楽しいばっかりの夏休みなんて、幼稚園ようちえんの時くらいだよ。


「宿題と言えばさ、勇真の“ナゾタマゴ”はどうなった? もう生まれたのか?」

 大翔が体を乗り出して聞いてきた。

「いや、まだ。今日あたり生まれるんじゃないかと思ってるんだけど」

「そうなんだ。何が生まれるのかな。ワクワクするな!」


 学校で受け取って持って帰った“ナゾタマゴ”は、父さんが説明書を読んでくれて、その日の内に準備した。指示通りハンドタオルで下半分を固定して、温かい場所に飼育ケースごとセットしてある。説明書に書かれてある通りなら、セットしてから約十日で生まれるらしい。今日がちょうどセットして十日目だから、生まれる予定日だ。

 今朝、登校する時には、タマゴに変化はなかったけど、学校に行っている間に生まれたりしたらどうしよう! 一応、母さんに時々様子を見るようにたのんでおいたけど、大丈夫だろうか?


「そうそう、その“ナゾタマゴ”だけどさ、なんかね、お兄ちゃんが小学生の時に、買った人が何人かいたんだって」

「え、そうなの!?」

 望果のお兄さんは五歳年上で、今は中学三年生だ。カミサマが言うには、チラシに”ナゾタマゴ“がるのは、ランダムに地域が変わるようだったから、勇真達が入学する前に一度、ナゾタマゴはっていたのだろう。

「望果、何が生まれたのか、お兄さんに聞いた!?」

「うん、ヤモリとカメだったらしいよ」

「へえ、そうなんだ……」


 ヤモリとカメ。

 やっぱり父さんの予想通り、爬虫類はちゅうるいなんだ。


 そりゃあ、自由研究に最適さいてきな教材だって書いてあるのに、特別なすごい生き物が生まれるなんてことはないのだろう。勇真は、“ナゾタマゴ”の正体が分かってホッとしたような、結局予想通りでがっかりしたような、変な気持ちだった。


「ね、夏休み中に勇真の家に遊びに行ってもいい? 何が生まれたのか見てみたいし」

「あ、オレも行きたい!」

「うん、いいよ。いつ来る?」

 望果に続いて、大翔も期待に満ちた顔で言ったので、三人で夏休みに遊ぶ予定を立てた。習い事や家族の予定もあるけれど、やっぱり友達と遊ぶ時間は大事。二学期が始まるまで顔も合わせないなんて、絶対つまらないもんね。


 ○ ○ ○


「ただいまー!」

 昼前に勇真が家に帰って、一番にしたのは、飼育ケースをのぞくこと。

 タマゴはどうなっているかな?

 薄灰色うすはいいろのタマゴは、透明とうめいな飼育ケースの中で、下半分をハンドタオルでつつまれている。その様子は、特に変わったところはないように見える。まだ生まれていなくて良かった。


「おーい、今日は十日目だぞー」

 勇真は飼育ケース越しに、タマゴに声をかけた。

《ふむふむ、毎日の声かけ、良い行動じゃな》

「まあ、なんとなくだよ、なんとなく」

 カミサマにめられて、照れくさくて口をとがらせる。

 父さんと準備をした日から、なんとなく毎日声をかけている勇真だ。説明書に書いてあったからでも、カミサマに言われたからでもない。ただ、自分が生まれる前に声をかけていたと話してくれた父さんと母さんがうれしそうで、そんな話を聞いてしまったらスルーできなくなったのだ。


 聞こえてないかもしれないけど。

 聞こえてるのかもしれない。


 おぼえてないのかもしれないけど。……うん、僕はおほえてはないんだけど、でも、なんとなく、うれしかったから。

「そろそろ生まれてこいよー」

 そう声をかけたところで、一階から母さんの「勇真、ごはんよー」という声が聞こえたので、勇真は返事をして部屋を出た。

 だから、タマゴの表面にほんのちょっぴりヒビが入ったことには気付かなかったのだった。



《勇真、”ナゾタマゴ“が割れたぞ》


 ブーッ!


「ちょっと勇真、どうしたの!?」

「ゴホッゴホッ。ご、ごめん、すするのに失敗しちゃった」

 お昼ごはんのそうめんをすすっていた勇真は、突然とつぜんカミサマの声が聞こえて、口に入れたそうめんを吹き出してき込んだ。母さんに差し出された麦茶を飲みながら、どこにいるんだか分からないけど、カミサマをにらむつもりで階段の方を見た。


 びっくりしたじゃないか! っていうか、生まれそうなのが分かってたならさっき言っといてよ!

 心の中でさけんでみるが、タマゴを持っていない今は念話ねんわとやらはつながらないらしい。カミサマはご機嫌に、鼻歌なんか歌っているではないか。


 もうーっ!

 勇真は急いで残りのそうめんをすすって、おかずの肉巻きを一つだけ口に放り込んだ。全部食べてるヒマなんかない。


ごひほうはまごちそうさまっ!」

「え? もういいの?」

 うなずいてはしをテーブルに投げ出し、勇真はイスから降りる。「お行儀ぎょうぎ悪いわよ!」という母さんのおしかりを背中に受けながら、階段をけ上がった。


 ドアを開け、自分の部屋にけ込んだ勇真は、窓際まどぎわに置いてあった飼育ケースを見た。そこには、上半分なくなったような形のタマゴが、下半分をハンドタオルにつつまれたままで、ケースの真ん中に残されている。勇真は目を見開いて、しのび足で近付く。


 タオルのはしで、何かがモゾモゾと動いた!

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