第4話

「あれ、もう開けちゃったのか? 一緒いっしょに開けるって言ってたんじゃなかったっけ」

「うん、ごめん。気になっちゃって」

 夕方、仕事から帰ってきた父さんが風呂から出るのを待って、勇真ゆうまは“ナゾタマゴ”が届いたことを伝えた。先に開けてしまったことも。

 でも、カミサマが付いて来たことはだまっていた。知れば、父さんも母さんも、おどろいて大騒おおさわぎになりそうだから。


 おぼんに乗せた汁椀しるわんを運んできた母さんが、チラリと勇真をにらんだ。

「買ってもらった物は、届いたらちゃんと報告してから開けなさいって言ってあったでしょうに」

「ごめんってば」

 人からもらったもの、買ってもらったものは、ちゃんと親に報告してから自分のものにすること。何度も言い聞かせられていることだから、それをやぶって母さんはご立腹りっぷくだ。

 勇真はそそくさと台所からはしやコップを持って来て、テーブルに並べる。夕ごはんの準備を手伝うのだ。こんな時は、すすんでお手伝いをして、機嫌を直してもらうに限る。


 しかし、続けてテーブルに並べられたおかずを見て、勇真はこっそりと口をゆがませた。今日の主菜はどり。細切りキュウリとスライストマトの上に、大きめにかれたうすいピンクの鶏肉とりにくが山になっている。魚より断然いいけれど、どりはモサモサしてあんまり好きじゃない。


 勇真は、もちろん味に好き嫌いあるが、味よりも食感や食べにくさで嫌いなものが多い。魚は骨があって食べにくいし、かたまりの肉はモソモソしたり、歯のすき間にはさまるのが嫌だ。生え変わりの歯があるとぐらぐらして、みにくいのも嫌になる。

 どうせ同じ鶏肉とりにくなら、唐揚からあげだったらいいのに。どうして母さんは、毎日ぼくの好きなおかずを作ってくれないのかなぁ。


 ○ ○ ○


「ふ〜ん、本当ににわとりのタマゴみたいだな」

 夕ごはんの後、改めて勇真が“ナゾタマゴ”を持ってくると、飼育ケースに入ったタマゴをのぞき込んで父さんが言った。

「うん、でも色はちがうんだよね?」

「そうだなぁ。白とか赤茶色のタマゴは見たことがあるけど、こんな色のにわとりのタマゴは知らないな。母さん、見たことある?」


 話をられた母さんは、台所のシンクで食器を洗いながらこちらに目を向けた。

「ないわねぇ。っていうか、にわとりのタマゴじゃないんでしょ? 結局何が生まれるか、書いてないの?」

 確かに、説明書には何かしらヒントが書かれてあるのかもしれない。父さんは勇真が開けもしなかったB4サイズの説明書を取り出して、テーブルの上に広げる。勇真は横からそれをのぞき込んだ。説明書には、裏にもぎっしり小さな文字が並んでいて、勇真はそれだけで読む気がしなくなった。

 説明書もマンガにしてくれたらいいのに。


「う〜ん、何が生まれるのかは書いてないけど、特徴とくちょうとか注意書きを見る限りは、爬虫類はちゆうるいなんじゃないかな」

爬虫類はちゅうるいって?」

「ヘビとかトカゲ、あとカメなんかが爬虫類はちゅうるいかな。砂も入っていて、生まれたらケースの中に陸地を作るように書いてあるから、水の中で生きるものじゃないんだろうな」

 勇真は父さんの説明を聞きながら、薄灰色うすはいいろのタマゴをそっと持ち上げてみた。見た目はほとんどニワトリのタマゴなのに、爬虫類はちゅうるいみたいなものが生まれるのだろうか。

 カメかぁ……。別に強くなさそうだな。ヘビならちょっと迫力あるかも。トカゲとかも、大きいなら強そうかな?


 勇真はそんな想像をしたが、食器を洗い終えた母さんが、手をきながら顔をしかめた。

「ヘビやトカゲは嫌よ、なんだか気持ち悪いじゃない」

「え、そうかな? カッコいいと思うけど」

「ヘビやトカゲがカッコいいの? お母さんにはわからないわぁ。カメならかわいいと思うけど……」

「だってカメはのろいし、強そうじゃないもん」


《そうそう、勇真は強くてカッコいい、怪獣かいじゅうみたいなヤツに育って欲しいのじゃからな》

「わぁっ!」 

 突然カミサマの声が聞こえて、勇真はタマゴをにぎったまま飛び上がる。それにおどろいた母さんも飛び上がった。

「勇真!? びっくりしたわ、どうしたの?」

「あ、えーと、目の前をが通ったんだ」

「なによ〜、おどろかせないで。というか、ならさけばずにたたいてよ」


 どこにいるの、と母さんがキョロキョロするので、勇真は一緒いっしょに探すふりをしながら、手の中の“ナゾタマゴ”をにらんだ。

 急に話し掛けたらびっくりするだろ! バレたらどうするんだよ!

 カミサマには勇真の言いたいことが伝わったらしく、ふふん、と軽く笑う声がした。

《おぬしにしか聞こえないのじゃから、平気な顔をしていれば良いじゃろう?》

 そういう問題じゃないってば!……って、どうしてぼくの考えていることがわかるのさ?

《おぬしが手に持っているからじゃな。ワシは“ナゾタマゴ”を通して話しているから、ふれれば思念しねんで会話できるのじゃ》

 記念で会話って、何の記念?

《記念じゃなくて思念しねん! 思念しねんで会話! 心で会話することじゃ!》


「なるほど〜、便利」

「何が便利だって?」

 思わず口に出してしまって、横から父さんにのぞき込まれた。

 まずい、まずい! せっかく父さん達には聞こえてないのに、自分からバラしてどうするんだよ。

「なんでもないよ!」

「そうか? それより勇真、最初にタマゴにさわった時、どんな風に育って欲しいかとなえてみたかい?」

「え? なんで?」

 勇真はドキッとした。カミサマに聞かれたことのまんまだ。どうしてそんなことを父さんが聞くのだろうか。


「説明書に書いてあるんだ。『どんな風に育って欲しいか、タマゴを持ってとなえてみましょう』ってね」

「書いてあるの?」

 てっきりカミサマの気まぐれか思いつきだと思ったのに、説明書に書いてあるとは思わなかった。勇真はタマゴをまじまじと見つめて、首をひねった。

「そんなことして、意味ないと思うけどなぁ」


 しかし、勇真の考えとはちがって、父さんは楽しそうに笑って言った。

「父さんは、意味があると思うな」

「どうして? タマゴの中に何がいるかも分からないのに?」

「だって父さんは、勇真が母さんのおなかの中にいる時に、毎日声をかけてたぞ。おれが父さんだぞ、元気に生まれてこいよってね」


 勇真はポカンとした。


 このタマゴと同じで、生まれる前に?

 ぼくがどんな赤ちゃんとして生まれるか、分からないのに?

「聞こえてるの? 返事なんかしないでしょ?」

「いや、時々ポコンって、母さんのおなかって返事してたぞ」

 目をまん丸にしてり返れば、を探していた母さんはいつの間にかこっちを見ていて、うれしそうにニッコリ笑ってうなずいた。


「……ぼく、そんなの少しもおぼえてないよ」

「そりゃあそうだな。でも、勇真はちゃんと父さんと母さんの願い通りに元気に生まれて来てくれたぞ」

 父さんは大きな手で、勇真の頭をぐしゃぐしゃとでた。


「まだ生まれてなくても、生命いのちにはちゃんと気持ちが伝わるんじゃないかな」

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