第3話

 勇真ゆうまは両手にタマゴを持ったまま、ポカンと口を開けた。

 今の声、何だ?


 耳をませるが、窓の外からさわがしいセミの声と、近くの道路を車が走っていく音しか聞こえない。さらにじっとしていると、け時計の秒針が動く、カチ、カチ、という音も聞こえたが、さっきの声に似た音は何も聞こえなかった。


「……気のせい?」

 口にした途端とたんに、再び声がした。

《どんなものに育って欲しいか、願いを言うのじゃ!》

「わあっ!」

 その声が手の中のタマゴからひびいたのだと気付き、勇真は思わずさけんでタマゴをすべり落とした。さいわい勇真の部屋のゆかはクッションフロアだ。しかし、あまり高さはなかったものの、落ちたタマゴは勢いよくコロコロと転がってかべにぶつかった。

「あっ! まずい!」


 割れたかと思ったが、どうやら無事だったようで、タマゴはそのまま反動でこちらにコロコロ転がって、勇真の前までもどって来て止まった。

 勇真は首をひねる。生タマゴって確か、机の上で回してもきれいにクルクル回らないんじゃなかったっけ? クルクル回るのはゆでタマゴだったような……。

 いや、そもそもタマゴってこんなに真っぐ転がるもんかな?

 タマゴの形はまん丸ではなく、片方が少しとがったような楕円形だえんけいだ。それなのに、まっすぐ勇真の方に転がってもどって来たことにおどろいた。


 ところが、勇真のおどろきをさらに大きくすることが起こった。タマゴはピコンとその場で立ち上がったのだ。

「立った!?」

《どんなものに育って欲しいか、願いを言うのじゃっ!》

 三度目同じ言葉が聞こえた。やっぱり、声はタマゴから聞こえているみたいだ。勇真はおそおそる顔をせて、まじまじとタマゴを見つめた。


「……タマゴ、生きてるの?」

《ええい! どんなものに育って欲しいか言えというのに、なぜ素直に言わんのじゃ、おぬしはっ!》

「わあ! おもしろい! ナゾタマゴってこういうものだったんだ!」

 勇真は声の言うことを無視むしして、立ったタマゴを両手ですくい上げた。


「何が生まれるのか分からないだけかと思ったら、生まれる前からしゃべれるなんて、すごいタマゴだ!」

《だーっ! 最近の子どもはおそれというものを知らんのかっ!》

「え! なに、急にキレた!?」

 勇真はタマゴを持ったまま、うでばした。少しはなれて見るタマゴは、やっぱり何の変哲へんてつもない薄灰色うすはいいろのタマゴだ。それなのに話せるなんて、一体どうなっているのだろうか。


《はあぁぁ〜……。どうやら今年はつかれる子どもに当たったようじゃぞ》

 深い深いため息と共に、タマゴから低くつぶやきがれた。勇真はまたたいてタマゴに顔を近付ける。

「『今年は』って、毎年誰かのところに行ってるの? 去年のチラシには”ナゾタマゴ“なんてなかったけど?」

《チラシにる地域が毎年違うのでな。今年はこの地域だったというわけじゃ。ラッキーだったのぅ》

 それで見たおぼえがなかったのか。


《ワシは“ナゾタマゴ”を購入こうにゅうした子どもの中から、一人だけに当たるのじゃ。ガチャで言うところの“しーくれっと”というやつじゃな。今年は、勇真、おぬしに当たったわけじゃ。ふふん、うれしいじゃろ?》

 当たったと言われて、勇真の気持ちは少しき立ったが、しかし、タマゴがしゃべるということで喜んで良いものなのだろうか。

 まあ、確かにめずしくておもしろい。でも、自由研究には役に立つのかな?


「えーっと、タマゴがしゃべってくれるのはうれしいけど、何か少しは役に立つの?」

《……おぬしはなかなか失礼な子どもじゃな。そもそもワシはタマゴではないぞ。“ナゾタマゴ”を購入こうにゅうした子どもの中で、毎年一人のところに付いて行く、人呼んで“カミサマ”じゃっ!》

 えっへん、と言わんばかりの言葉だが、いきなり神様と言われても信じられない。第一、神様にも色々あるだろう。勇真は口をとがらせる。


「カミサマって、一体なんの神様?」

《“夏休みの学びの神様”じゃ! えっへん!》

「うわ、本当に“えっへん”って言った……」

《何か言ったか!?》

 勇真は急いでブンブンと首をふった。なんだか分からないけど、神様だというのだからおこらせたらまずいことでも起こるかもしれない。


「それで、カミサマ。“夏休みの学びの神様”だって言うなら、夏休みの宿題を手伝ってくれるの?」

 もしそうなら、大歓迎だいかんげいな神様だ。何しろ夏休みの宿題はたくさんあるし、めんどくさいものも多いのだ。

 神様なら、チャチャッと終わっちゃうんじゃない!?

 しかし勇真の期待は外れていたようで、カミサマは軽く否定した。


《いいや、そんなことはせんよ》

「え、そうなの?」

《そうじゃ。宿題は自分でやることに意味があるのじゃ。ワシが行うのは学びのサポートじゃな》

 ゲェー。

 それは母さんがよく言うセリフじゃないか。答えを教えてって言うと、母さんはいつも「まずは自分で調べてみなさい」って言うんだ。自分でやってみることに意味があるんだって。調べても分からなかったら、一緒いっしょに調べてくれようとするけど、答えを知ってるなら教えてくれる方が早いじゃないか。力の出ししみだよ。

 勇真は強く顔をしかめた。


《夏休みは小学生にとって、普段ふだんは見れないものを見て、出来ないことを体験できる、貴重な時間じゃ。学びの宝庫じゃぞ。ワシは勇真が、その期間に何かを学ぶべくサポートするために……》

「ハイハイ、分かりました、カミサマ」

 適当に相づちを打ちながら、勇真はタマゴを取り出した時のように、プチプチの緩衝材かんしょうざいを巻き始める。


《おぬし、全くマジメに聞いてないな!》

 さらに飼育ケースにタマゴを入れる勇真に、カミサマはおこったように言った。しかし、勇真は全く気にする様子もなく、時計を見る。

「もうすぐ母さんが帰ってくるんだ。だから静かにしててね。タマゴがしゃべったなんて知ったら、母さんたおれちゃうよ」

《ふん、ワシの声はおぬしにしか聞こえないから大丈夫じゃ》

「え、そうなの!? 便利だね!」

《……べ、便利……》


 全くもってうやまう気のない勇真にあきれたのか、カミサマは《はぁぁ〜……》と再び大きくため息を付いた。

《もう良いわ。とにかく、片付ける前にこのタマゴから生まれるものが、どんな風に育って欲しいか考えて言ってみるのじゃ》

「どんな風に? それって意味あるの?」

《あるに決まっておるじゃろ。これから生まれるものを飼うのはおぬし。言ってみれば、この生命いのちの親になるのじゃから、どう育てようか考えるのはおぬしの責任じゃ》


 生命いのちの親。

 責任。


 タマゴから生まれた生き物を観察する宿題をするだけなのに、なんだか急に話が大事おおごとになったような気がして、勇真は居心地いごこちが悪くなってしまった。思わず頭をかいて、座り直す。

「何が生まれるのか、聞いたら教えてくれるの?」

《いいや? “ナゾタマゴ”は、生まれるまで分からないのがお約束じゃ》

「う〜ん……」

 勇真は箱をにらんで考える。

 そういえば、カッコいい怪獣かいじゅうみたいなのが生まれたらいいのにって考えてたんだっけ。勇真は一度うなずいて、人差し指を立てた。


「ぼく、強くてカッコいい、怪獣かいじゅうみたいなヤツに育って欲しいな!」

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