第2話

 夏休み十日前、児童達が注文していた教材が学校に届いた。注文していた児童に、透明とうめいなナイロンぶくろに入ったそれを、先生が順に配っていく。


「これは坂口さかぐちさんの教材ね」

 勇真ゆうまにも、教室で担任の先生から手渡てわたされた。透明とうめいふくろの中に、“ナゾタマゴ”と大きく書かれた青い箱が入っている。箱のサイズは、飼育ケースのサイズより一回り大きいくらいだ。そして、想像よりも軽かった。


「勇真、今年も飼育キット買ってもらったんだ?」

 後ろの席からのぞんできたのは、クラスメイトの門脇かどわき望果みか肩下かたしたに切りそろえたかみを、後ろで一括ひとくくりにしている望果は、去年も同じクラスだった。というか、なぜか三年連続で同じクラスになっている。


「うん、望果は?」

「私は買ってないよ。今年はお母さんとお団子だんごの研究するって決めてるんだ〜」

「お団子だんごの研究? どうやるんだそれ」

 聞いたことのない自由研究のテーマで、勇真はイスを引いて後ろを向いた。


白玉粉しらたまこ上新粉じょうしんこの割合を変えたら、お団子だんごの固さがどう変わるか、研究するの」

「……何だそれ?」

「だから、お団子だんごの研究だってば!」

 望果がぷぅとほおをふくらませた。そもそも、白玉粉しらたまこ上新粉じょうしんこの違いが分からない勇真は、まゆを寄せて変な顔になった。


「食いしん坊の望果らしい研究だよな!」

 望果のとなりの席に座る芳岡よしおか大翔ヒロトが、笑って口をはさんだ。大翔とは、四年生になって初めて同じクラスになったが、気が合ってすぐ仲良くなった。望果のおさななじみらしく、二人がよく一緒いっしょにいるので、勇真も自然と三人でよく話すようになった。


「いいでしょ? お菓子作りは楽しいから一石二鳥いっせきにちょうなんだもん。おいしいお団子だんごが出来たら、二人にもごちそうしてあげてもいいよ〜?」

「マジで!?」

 食いついた大翔の机の上にも、透明とうめいふくろに入った細長い箱があることに気付いて、勇真はのぞむ。


「大翔も買ってたんだな。何買ったの?」

「手作りの望遠鏡を作るキットだよ」

「そんなもん作れるの?」

「うん、外側は空き箱とか牛乳パックで出来るらしいんだ。これで星の観察出来たらいいと思ってさ」

 勇真は「へぇ~」と曖昧あいまいに相づちを打った。おいしく団子だんごを作ることにも、夏の星を観察することにも興味はないのだ。



 勇真が自分のキットを見ていると、大翔と望遠鏡について話していた望果が、再び後ろから首をばした。


「それで、勇真はまた飼育キットにしたんだ。去年、カブトエビ全滅ぜんめつさせたんじゃなかったっけ?」

「うるさいな。別にぼくのせいで全滅ぜんめつしたんじゃないし」

「じゃあだれのせいなの?」

「うっ……」

 父さんに手伝ってもらって、説明書通りに飼育したけれども育たなかったのだから、断じて自分のせいではない。だからといって、ではだれのせいかと言われれば、責任をなすりつける相手はいなかった。


「カブトエビさぁ、なかなか上手うまく育たないらしいよ。去年、オレのクラスの友達も全滅ぜんめつさせてたもん」

 言葉にまった勇真に、大翔が助けぶねを出してくれた。


「ふ〜ん、そんなもんなんだ?」

「そうそう、そんなもん!」

「なんか、かわいそうだね」

 ホッとしてうなずいたのに、望果に思わぬことを言われて、勇真はまゆせた。


「……かわいそうって?」

「だって、生まれてすぐ死んじゃうなんてさ、かわいそうじゃん」

 望果がため息混じりにしょんぼりと言うので、勇真は言葉を続けることが出来ずにポカンとした。

 米粒こめつぶより小さくて、自力で動いてるのかどうかも確認できないような生き物、全滅ぜんめつしてがっかりはしたけど、かわいそうなんて思わなかったけど……。


「今度はちゃんと育つといいよな……でもこれ、なんの飼育キットなんだ?」

 大翔がそう言って、イスを寄せた。望果も机の上に乗り出して、興味津々きょうみしんしんといった様子で教材に視線しせんを走らせる。そして、箱に書かれた文字を読んで大きな目をまたたいた。


「“ナゾタマゴ”? なにそれ?」

「何が生まれるか分かんないやつなんだ」

「そんなのあったんだ? 何が生まれるのか、本当に分からないの?」

「うん。でも、このタマゴがヒントだと思うんだよね」

 透明とうめい袋越ふくろごしに、勇真はタマゴの写真を指差した。薄灰色うすはいいろのタマゴが、ツルリと光をはじいている。


「ニワトリのタマゴに似てるだろ? ぼくの予想では、インコみたいな鳥じゃないかって思うんだ」

「インコ? YouYouTubeで見たことあるけど、確かタマゴから生まれたばっかりって、羽根も生えてなくてとりガラみたいなひなだったよ。そんなの育てられる?」

「ええ!? 生まれた時からヒヨコみたいなもんじゃないの?」

 教材の申込みをしてから、ずっとそんなひなが生まれることを想像していた勇真は、あせって望果を振り返った。ふわふわのひななら、かわいくて良いと思ったのに。

「うん、シワシワの怪獣かいじゅうみたいだった」


 怪獣かいじゅう


 その言葉は、勇真の胸をはずませた。

 かわいいヒヨコもいいけど、カッコいい怪獣かいじゅうもいい!どうせなら、同級生達が見たことがないような怪獣かいじゅうが生まれたらいいのに。

 そう考えると、勇真は早くこのタマゴを孵化ふかさせてみたくなった。

 家に帰ったらすぐに箱を開けてみよう。夏休み前の父さんの休みに、一緒に準備してもらう予定だったけど、開けて見てみるくらいはいいよね?


 ○ ○ ○


 今日も外はめちゃくちゃ暑い。いつもなら干からびそうだと思いながら、ヘトヘトになって帰るけど、今日の下校中、勇真はワクワクしていた。

 家に着くと、持っていたかぎ玄関げんかんドアを開けて中に入った。母さんはスーパーのレジ係として働いていて、勇真は週に三回はこうしてかぎを開けて、誰もいない家に帰るのだ。誰もいないから「ただいま」も言わずに靴をポイポイと玄関げんかんに投げ出し、勇真は自分の部屋にけ込んでランドセルを放り出した。

 おっと、クーラーは入れないと、暑くて煮えてしまいそうだ。


 手洗いうがいをして、棒付きバニラアイスをくわえて部屋にもどった時には、室温は快適かいてきになっていた。

 改めて、勇真は自由研究の飼育キットをふくろから取り出す。箱を開けると、箱のサイズとたいして変わらない大きさの、透明とうめいの観察ケースが出てきた。中にはB4サイズの説明書と、“栄養剤えいようざい”と書かれた小袋こぶくろが一つ、それと、エサと砂が入っていた。

 そして、プチプチの緩衝材かんしょうざいに包まれた、ソフトボールくらいの丸いものがひとつ。


「これがタマゴだよな」

 勇真は説明書をゆかに置いたまま、包まれたタマゴを持ち上げた。とても軽くて、中に何か入っているようには思えない。

「本当にタマゴ、入ってるんだよな?」

 なんだかあやしく思えてきた。


 よし、確かめてみよう。

 勇真は、くわえたままで垂れそうになっていたバニラアイスを急いで食べ終えると、棒をゴミ箱に投げ捨てた。そして、緩衝材かんしょうざいはしり付けていたセロハンテープに指を引っかけた。タマゴは割れ物だと思っているから、さすがの勇真も慎重しんちょうに、一つ一つ丁寧ていねいにはがしていく。


 緩衝材かんしょうざいを取り払って出てきたのは、ニワトリのタマゴよりもひと回りほど小さな、薄灰色うすはいいろのタマゴ。持ってみるとスベスベしていて、ちょっぴり温かい。目の高さまで持ち上げると、光をはじいて銀色っぽく見えた。

 キレイだなと思った途端とたん、聞いたことのない声が耳にひびいた。


《どんなものに育って欲しいか、願いを言うのじゃ》

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