夏休みの自由研究は謎タマゴ 〜カミサマと“いのち”の学び三十日〜

幸まる

第1話 

 七月に入ったばかりだというのに、連日の真夏日でうんざりだ。


 小学四年生の勇真ゆうまは、学校から帰って来て、ランドセルからプリントを出しながらカレンダーをにらむ。

 夏休みまで、あと二週間。ああ、この暑い中まだ登下校で外を歩くのかぁ……と顔をしかめた。


 途端とたんに手からプリントがすべり落ちた。夏休みが近付いて、夏休み中に行なわれる地元行事や、県の大きなイベントのお知らせ、夏季かき短期講習たんきこうしゅうの申し込みなど、たくさんのプリント類が配られているのだ。

「あー! もう!」

 放射線状ほうしゃせんじょうゆかの上に広がったプリントを集めながら、ふと目に止まった一枚を拾い上げた。


『夏休みの自由研究にピッタリな教材を』


 見出しにそう書かれた大きな紙は、夏休みの宿題である“自由研究”のための、オススメ教材を買うことが出来る申込用紙だった。理科や社会、その他色々な教科に関係する教材がたくさんっていて、チラシに付いている封筒に、表示された代金を入れて先生にわたせば、夏休みが始まるまでに学校を通してメーカーから届く仕組みだ。

 勇真は、去年もここから選んで一つ購入こうにゅうした。


「自由研究かぁ……めんどくさいなぁ」

 チラシを頭上に持ち上げ、掲載けいさいされている教材をにらむ。夏休みはとても楽しみだけど、大量に宿題が出されるのは嫌になってしまう。その中でも一番困るのが自由研究というやつだ。


 夏休みの自由研究。

 これ、好きなやついるのかな、と勇真は口をとがらせた。


 調査ちょうさや体験活動、観察、実験などを通して、自分なりに自由に研究したものをまとめる宿題。教科はおもに、理科、社会、生活、総合学習。

 他の教科でも良いけれど、毎年、一学期に理科や社会で習ったことに関係する内容を、もう少しくわしく調べたり、範囲はんいを広げて調べたりしてまとめる子が多いように感じる。

 でも、学校で勉強する時と違って、調べる内容を自分で考えるのは、とにかく大変だ。

“○○について調べましょう”

“○○について考えたことを書きましょう”

 そんな風に、はっきり問題を出された方がずっと楽チンだと思う。

「“自由”って、難しいんだよなぁ」


 うん、今年もこのチラシから何か楽しそうな教材を買ってもらおう。勇真はそう決めて、プリント類を拾ってまとめた一番上に、教材のチラシを置いた。


 ○ ○ ○


「自由研究の教材? なつかしいなぁ。夏休みといえば、自由研究だよな。それにしても、今はこんなものがあるのか」

 夕ごはんを食べながら、父さんがチラシを片手に持った。たくさんの教材写真を見て、メガネの向こうで目を見開く。


「父さんが小学校の時なんて、こんな便利なもんはなかったぞ」

「父さん、それ、去年も言ってたよ」

「そうだったか?」

「そうだよ」


 勇真はじゃがいものチーズ焼きをほおばって言った。このおかずは好きだ。チーズが乗ってると、何でもおいしくなっちゃうから不思議だ。


「去年もこんなチラシを見て教材を買ったわよ。忘れちゃったの? ほら、なんとかっていうエビみたいなやつ、育てようとしてたじゃない」

 母さんが麦茶を注ぎながら言うと、父さんは少しまゆせたていたが、思い出したらしく、うれしそうにうなずいた。

「ああ、そうか! カブトエビか!」


 去年はこのチラシの中から、カブトエビの孵化ふかと飼育キットを購入こうにゅうした。簡単そうに説明書きされていたが、意外と難しくて、父さんに手伝ってもらったのだった。


「そう、それそれ。でも確か上手うまく育たなかったのよね。結局他の研究をしないといけなくなって、夏休み終わりごろ大慌おおあわてだったわ……」

 去年のことを思い出して、母さんは顔をしかめた。

 去年購入こうにゅうした飼育キットのカブトエビは、無事に孵化ふかはしたが育たず、数日で全滅した。自由研究はカブトエビの観察をする気だったので、計画がこわれてしまい、なんとか宿題を仕上げるために夏休み終わりはバタバタだったのだ。


「それで、今年は何をテーマにするつもりなんだ?」

「これだよ」

 父さんに聞かれ、勇真はイスからこしかせて、テーブルの上に広げられたチラシを指差す。虫や植物の飼育キットが集められた部分のすみに、薄灰色うすはいいろのタマゴの写真があった。


「なになに……“ナゾタマゴ”? 初めて見るな」

「うん、去年はってなかったと思うんだよね。新しいヤツかな」

 チラシを見るだけでも楽しいから、毎年もらったらあれこれ想像しながら見るけど、去年まで”ナゾタマゴ“なんて見たおぼえがない。


「なあに、ナゾタマゴって」

「何が生まれるのか、生まれてみないと分からないんだって」

 勇真が説明すると、母さんはさっきみたいにまた顔をしかめた。

「何が生まれるのか分からないタマゴなんて、嫌だわ。変な虫でもわいたら困るじゃない。母さん虫は嫌いよ」

「ちゃんとキットに含まれるケースで飼育できるって書いてあったし、ぼくの部屋で育てれば大丈夫だよ。それに、このタマゴの写真、虫のタマゴじゃないと思うけど」

「確かにな」


 一緒いっしょのぞき込んでいた父さんがうなずいた。

 写真のタマゴは、ニワトリのタマゴと同じような形だ。この写真では大きさは分からないけど、ケースの大きさがたて二十センチ、横三十センチ、高さ二十五センチと書いてあるから、生まれる子が、それに入らない大きさではないはずだ。

 父さんは汁椀しるわん片手にチラシを見て、しばらく考えていたが、顔を上げて母さんの方を向いた。


「飼育期間は三十日程度ていどって書いてあるし、用意するのは野菜クズと水だけみたいだ。エサと栄養剤えいようざいはキットに含まれるとあるし、観察してまとめるにも期間はちょうどいいんじゃないか。注文してやれば?」

「そ〜う? もう、私は手伝わないからね、お父さんがアドバイスしてやってよ? ああほら。勇真、他のおかずもちゃんと食べて」


 勇真がじゃがいものチーズ焼きばかりほおばっていると、母さんは別のおかずの皿をせて来た。今日の主菜はさけ味噌みそ焼き。

 う〜ん、魚、苦手なんだよね。肉のおかずなら良かったのに。そう思いつつ、勇真ははし先で身をグシャリとくずして一口食べた。

「もういいや、ごちそうさま」

 結局勇真は魚のおかずを半分以上残して、食事をおしまいにした。


 とりあえず、自由研究のテーマは決まって、必要なものはキットでそろうことになったから、安心だ。


 ナゾタマゴかあ。一体何が生まれるのか、楽しみだな!

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