第11話鏡の中で微笑むわたし[最終話]
「ねぇアサ、気分はどう?」
『いつも通り、最悪よ。あなたなんか、さっさと首を落としてしまえばよかった』
「そうよ、そうすれば良いのに。アナタが
『アンタみたいな性悪に体を乗っ取られるのよね』
親友という言葉は否定せず、鏡の中のアサは疲れた顔でため息を吐く。
『なんで自分の顔を見ながら会話しなきゃならないのかしら』
「あら、私からしたら、アナタの顔を見ながらだし、悪くはないのだけれど」
『私は私の顔しか見えないわ』
「それもそうね」
ほほほ、と楽しげに笑いながら、アサはパチンと指を鳴らして、魂を映しだす魔法を停止する。
「じゃあ、心の中で会話するに留めましょうか」
『……はぁ、本当ならマイペースなひと』
また一つ、脳内に呆れたため息が落とされる。でも
アサの魂は、実は消滅していない。
ヨルは王太子の手前そう言っただけで、強い恐怖に萎縮して飛び出しかけた魂を、ヨルはぐるぐる巻きに魔力の鎖をかけて押さえ込んだ。
そして、自分の気で練り上げ、魂を半分に分けて作り上げた分身の魂をアサの体に植え込み、己の魂でもって必死にもがくアサの魂を抑え込んだのだ。
一卵性の双子は、もともと一つの魂を分け合って生きているという。三つ子も四つ子もまたしかり。
つまり、一つの体に必要な魂の絶対量は決まってはいないのだ。
そういうわけで、ヨルの魔力と王太子の魔力を捻り合わせた力技の荒技であったが、一つの体に二つの魂は見事封じ込まれた。
そしてついでに、歴代最高の魔力を持つ体が生まれたのだ。
「ねぇ、明日は北の王国のドラゴンを倒しに行こうかと思うんだけれど、どう思う?」
『やめて。これ以上後世に私の悪名を残さないで』
「いやねぇ、残るのは名声だけよ」
『絶対違う』
うんざりしたアサの声が脳内に響くが、ヨルは本気でそう思ってるので気にならない。
今、アサの魂はヨルによって押さえつけられており、ヨルが許した時にしか外には顔を出せない。
入れ替わりの呪を失敗した時に、ヨルからかけられた禁呪のせいだ。
アサはまだ、これがどんな呪なのかわからない。
アサは、見事にヨルに負けたのだ。
「あ」
パチン、と指を弾く音がして、アサは体の自由を取り戻した。それと同時に。
「あら、アサになってるの?」
パタン、と女王の私室に入ってきた
生殺与奪はヨルに魂ごと握られているが、ヨルの許す時は許す範囲での自由が得られた。
「ええ……ねぇ、なんで私を殺さなかったの?」
私は殺そうとしたのに、とアサが軽やかに囁ければ、ヨルもあっけらかんと答えた。
「あら、だってもったいないじゃない」
「え?」
意外な答えに戸惑うアサへ、ヨルはニコリと満面の笑みを浮かべる。そしてぎゅっと力強くアサを抱きしめた。
「せっかく私のことをわかってくれる最高の『親友』がいるのに、失うなんてもったいないわ!……ねぇアサ、アナタは私のモノでしょう?」
「あ……」
一瞬で首から下の自由を奪われて、今度は意識だけ『アサ』のまま、アサは呆れたと笑った。
「……ほんとうに、ヨルは怖いひと」
自由の効かない体を楽しげにもてあそばれながら、アサは細く息を吐く。
「普通にあいしてるって言ってくれればよかったのに」
「あら、愛なんて知らないわ。私はアナタが欲しいだけよ」
幼な子が拗ねるような、もしくは恋人を詰るような響きの甘い呟きに、ヨルはキョトンとした顔で首を傾げた。
「全部アナタのものにしてあげたかったし、アナタを全部私のものにしたかったの」
無邪気に笑うのは、アサに名誉も権力も、あらゆる属性の魔法をつかいこなす力も、それによって得られる歴代最強の魔女王の名声も、全てを与えてくれた女だ。
そして、その『全てを手にしたアサ』の全てを支配する女。
「あなたの愛って本当にこわい」
「そんなことないでしょう?」
「あら、すごく怖いわよ……まぁ、前から分かっていたけれど」
諦めたように目を伏せるアサに、ヨルは心底嬉しげに笑った。
「ふふっ、分かってくれる人がいてとっても嬉しいわ。アナタが生まれて初めてよ」
満たされた顔で笑うヨルに、アサは複雑な気持ちで口を開く。
「あなたの恐ろしさは、別に生まれ育ちによるものじゃないと思うわよ。あなたは裕福で幸せな家庭に育ってもそんな性格だったと思うわ」
「アナタの優しさは、天性のものに加えてきっと幸せな環境のおかげでしょうね。ご両親に感謝しなきゃあね」
軽口を交わし合いながら、アサは目を閉じて、ヨルの魂に
ヨルは生まれてすぐに捨てられた。
魔力が強すぎて、産まれた時に母親を殺してしまったのだという。
母殺しの子と父親に忌み嫌われ、孤児院に捨てられたのだ。
そう、
その魔力の高さゆえか、生まれた時から記憶があるヨルにとって、それは愉快な作り話以外の何物でもなかったが。
捨てられた先の孤児院でも、あまりに強い魔力と賢すぎる知能ゆえに、ヨルは浮いていた。
ヨルはとても幸せとは言えない、なんなら不幸の典型とも言える子供時代を過ごしたのだ。
しかし、皮肉にも、孤児院を慰問に訪れた魔女王に優れた才能見出され、ヨルは魔法学院に特待生として入学した。
それ以来『不世出の天才』と呼ばれ、名声をほしいままにしてきた女だ。
対してアサは、国でも一二を争う名家に生まれた。
愛情深い両親、祖父母、歳の離れた兄と姉に囲まれのびのびと、存分に愛を受けて育った。
他人への興味は生まれつき薄かったが、愛嬌があり、常に朗らかに過ごすアサを愛さないものは少なかった。
そして優れた才能を認められてからは、裕福な資産にものをいわせた選りすぐりの英才教育受け、鳴物入りで魔法学院に入学した女だ。
ヨルに比べれば、「幸せでした」で終わる話で、語るほどの過去はないと言えるだろう。
二人は、生まれも育ちも正反対に違う。
しかし、魔法学院で互いの理解者たり得たのはお互いだけで、互いの興味をひいたのもお互いだけだった。
愛も執着も憎悪も憧れも、あらゆる感情は互いへしか向かない。
アサにとってのヨルも、ヨルにとってのアサも、そんな特異で特殊で、特別な相手だ。
そんな唯一の相手に向かって、ヨルは心底嬉しそうに笑う。
「私の、私だけのアサ。闇夜に包まれ私にとって、アナタは唯一の光よ。一生大事にしてあげるわね」
「……はぁ、恐ろしいこと。でもいいわ。
私はアナタに負けたのだもの。仕方ないわ」
「ふふ、そうよ、私はアナタに勝って、アナタは私に負けたの。だから、勝者に従ってね」
喜びに声を弾ませながら、ヨルは
アサの唇はいつも、裕福な家で育った彼女が唇の保湿に好む蜂蜜の味がする。
ペロリと舐めて味わい、微笑んだ。
あぁ、甘い。
幸せの味がする。
そう独りごちて、幸福感に包まれながら、ヨルはふんわりと目を細める。
ひどく甘い味のそれは、ヨルが求め続け、長い夜を彷徨った果てにやっと見つけた、朝の光の味なのだ。
百合戦争〜ボンクラ王太子を堕とした方が魔女王です〜 燈子 @touco_
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