第10話愚か者には終焉を


「そんな!アサ……アサァ……ッ!」

「おほほほほほ、愚かしいこと!これは勝負よ?死ぬ気で勝負しているのに、負けたからと言って、何を嘆くことがあるのかしら?」


目を見開き、紙のような白い顔で慟哭する王太子の前で、ヨルは高笑いした。


「ふふっ、これで、どちらが勝ってもが勝者だわ!」


号泣しながら地面で打ちひしがれる王太子を、ヨルは冷酷な目で見下ろした。もはや勝利を得て、王太子の機嫌を取る必要など感じないのだ。どこまでも温度のない冷え切った目は、光の差さない夜の暗闇そのもののようだ。


「さて。ねぇ王子様、あなたはどちらのと結婚したい?」

「そんな……何も考えられないよ……」


混乱と恐怖と悲嘆にまみれて、王太子は涙でドロドロの顔をしている。情けないその姿をなんの興味もなさそうに一瞥して、「ふっ、無様な」とヨルは短く嘲笑した。


「まぁアナタの意見は不要なのだけれどね。……アナタ、結婚するのはにしておきなさい。残念だけれど、アナタと私は姉弟ですもの。子を作るには差し障りがあるわ」

「は?」


ポンポンと出てくる情報の強烈さに、王太子は何も理解ができない。衝撃が強すぎたのか涙も止まって、王太子はまじまじとヨルの顔を見た。


「存在しない魔女王の娘、それが私よ。今代の王は産み分けの呪を失敗したのよ。だから、私を殺すように命じた。けれど産婆が憐れんで孤児院に預けたの。そして生き延びたのが私。わかった?」


簡潔明瞭な説明の後で、これは復讐なのよ、と甘やかに囁くヨルに、王太子は恐怖の目を向ける。


「さぁ、アナタの愛する『アサ』と、真実の愛を貫きなさいな?愚かな我が弟ちゃん。……これは、復讐の亡霊たるからの命令よ?」

「……は、い…………わ、かりま、した…………」


ガタガタと震えながらなんとか頷けば、ヨルはいつものように唇に笑みを掃いて頷く。


「うん、良い子ね」


笑っているはずなのに真っ暗な瞳はどこまでも深く暗い闇そのもので、感情など浮かんではいない。

何故これまで気づかなかったのだろう、この瞳の冷たさと残酷さに。


後悔したところで、何の意味もない。


「さぁ、行きましょう?」

「私たちの栄光の玉座へ」


差し伸べられる二つの手に、王太子は真っ白で震える手を重ねる。

玉座への通行証としてしか価値のない自分は遠からずされるだろうと確信しながら。


存在しないはずの魔女王の娘あねは、絶対的強者であり、そして、まさに恐怖そのものだった。









アサとヨルの百合戦争は、番狂せが目立ち、事実が羅列されているのみの歴史書を読むだけでも大変愉快である。歴代でも国民に好まれる戦争譚の一つで、劇や物語の題材として多く用いられている。

当時も多くの国民が、推しに掛けた賭け金を思って、大いに泣いて笑ったことだろう。


ずっと優勢を保ち、ほとんどヨルに決まったかと思われた勝負だったのだ。

しかし、最後の最後でアサが魔法勝負を申し込み、ヨルはその申し出を受けた。

全力を賭けた決死の対決の末、苦手とされていた水魔法を克服したアサが伝説級の大魔法を使ってヨルを完全に制圧したのだ。

国で最も有能な魔法使いと、この国で最強のはずの魔女王がおわす、を。


「こんな魔力、見たことがない。……どうか、僕と結婚して下さい」


恐怖ゆえか、感極まったのか、泣きながら求婚した王太子に、アサは晴れ渡る笑顔で答えた。


「ええ、もちろん」


と。



アサが逆転して女王の座を勝ち得た後、アサとヨルは女王戦時代の不仲などなかったかのように、極めて仲良く暮らした。

ヨルは宰相となり、女王となったアサの一番そばに仕えた。

アサにとってヨルは、有能極まる懐刀であり、忌憚なき意見をくれるよき相談相手であり、そして半身のようであったと伝えられる。


そして王太子は強すぎる魔力に当てられたのか、常に何かに怯えていたと歴史書には記載されている。

アサが男児を産んだ頃に発狂したため、その後は先代女王とともに離宮で暮らしたとされる。

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