高二の文化祭

 私の作品『道路標識と私』にフルリさんの登場人物が私の世界に遊びに来ました。

 ぜひ、そちらの作品にも目を通していただければ幸いです。


フルリさん

▶︎https://kakuyomu.jp/users/FLapis

この短編の別視点(作 フルリさん)

▶︎https://kakuyomu.jp/works/16818093087561042189)(https://kakuyomu.jp/works/16818093087561042189/episodes/16818093087567223375)




















 私、笠島かさじまニコは、高校二年生の文化祭に参加しているところだ。

 正直、眠いし寝たいしで帰りたい。去年はぼっちを乗り切るのに必死で何も思っていなかったが、よくよく考えて文化祭が三日間はおかしい。

 先生の仕事量がえげつないのは察するにあまりある。

 他にも前日準備やらなんやらを含めると、かなり力が入っている……はずなのだが。


「…………」

「…………」

 見事に現在の集客は二桁も行っていない。

 そんなわけで、私は直人なおとと二人仲良く受付に座ってぼんやりしているだけなのだ。


 今更ながら、私は自分の頬の傷を気にした。

 暁音あかねさんから借りたファンデーションで隠したが、私はどうしても触って確かめたくなる。

 暁音さんに止められたから、我慢するけど。


「ニコちゃーん!」

ひかり!」「光さん」

 廊下の向こうから、光が走ってきて、私と直人は返事をした。……いや、走ったら危ないってば。

「久しぶりニコちゃん!」

「ずっと連絡は取り合っていたけどね。どう? 向こうではうまく行ってる?」

 光は、高校一年の課程が終わってすぐ、アメリカに留学していたのだ。なんとまあ突拍子も無い話だ。けれど、ホストファミリーの家に滞在とかでもなく、向こうに家が別にあるという。

 それをビデオ通話で教えられた時には、光の家はかなりのお金持ちなのだろうか、と驚いた。

 ……それでも、久しぶりに実際にこうして会って、私も少しテンションが上がる。しかし、光とは学校で会うのが常だったので、私服姿と言うのはなかなか新鮮だ。


「たまーにニコちゃんが英語、教えてくれてたからね! 何とかなってるよ」

「それならよかった——ところで、コスプレ喫茶に来たの? 残念ながら、今は私たち以外に人は居ないよ」

 一応、営業してはいるけど、誰も来ないので従業員は殆ど何処かへ出かけてしまった。

 やれやれ。コスプレ喫茶を提案したのは一体誰だったか。

「それなら、私が営業かけてくるよ! ほら、私だって元クラスメートだし? 宣伝してきまーすっ!」

「えっ、ま……」

 やばい。止めないと……ああ、駄目だ。もう見えなくなった。暴走して帰ってきそう。

 巻き込む人が可哀想だ。

「相変わらず光さんは元気だね」

「本当に。なんかトラブらないといいけど」


—————————


 私、江川えがわひかりは、周りの人にとにかくとにかく声をかけまくっていた!

「コスプレ喫茶はどーですかー! 空いてるので快適ですよーっ」

 ……まあ、そんなことを言ってもすぐに人が集まるとかではないけど。

 あ、コスプレ喫茶なんだから、コスプレ体験みたいな感じで着てもらう、みたいなのもアリじゃない!?

 うーん、なんか誰か似合いそうな子は……。

 そこで私は、うろうろしている、背の低めの女の子がいるのを見つけた。

 え、すっごいかわいいんだけど!?

 いや、何から何まで全てが似合ってる。赤のマフラーにスカート、ダッフルコート……いやいや、わざわざ描写するまでもない。

 私は思わずその子にがっつくように話しかけた。

「ね、うちのコスプレ喫茶に来てくれない!」

 あっ、やばい。話しかけ方絶対間違えた!めっちゃ引いてる、どうしよう!

 いや、ここで焦ったらだめだ!ごり押せ、江川光わたし——!


「ねーえー。絶対メイドさん似合うよぉ」

 私は左右に体を揺らしながらも、視線はその子の目に向けたままにする。視線のやり場に困った様に、その子が目を背ける。

「お姉さん誰ですか」

「えっ! 興味持ってくれたの嬉しいなァっ!」

 やっと話してくれた!嬉しい。

「私はね、江川光って言うんだよ」

「素敵な名前ですね」

「うん、でしょ! 君は?」

「ボクは小野寺おのでらつばさと言います。それで、用件は何でしたっけ」

「はわぁ~」

 リアル僕っ娘だと……!?

 この見た目でめっちゃ悶えてたのにこんな、こんなっ……。

 こ、これが供給過多ってやつ!?

「待ってやばい。光ちゃん大ピンチです。まさかこんなところで僕っ娘に出会えるとは」


 よし、決めた。この子には絶対にメイド服を着てもらおう。

 絶対似合うって。ニコちゃんにも見せたいし、なんか縁がある気がするんだよね。

「わかった! 翼ちゃんね! 早速だけど、めちゃくちゃ可愛いからメイド服を着よう!」

「え!?」

 翼ちゃんは私のいきなりの提案に驚いて声を上げた。

 それでも、私は構わずニコちゃんの教室を目指す。


——————————


「やっほーニコちゃーん」

 光がようやく戻ってきた。快活な笑みを見せながらピースサインを私に突きつける。何をしていたのだろう。

 って、なんか知らない子連れてきてる。すごく困っていそう。


「光……一体誰だ」

「ほらほらニコちゃん、ぷくぷくしないで。可愛いお顔が台無しだよぉ。にこーってして御覧」

 冗談じゃない。彼女、迷惑そうな顔してるじゃないか。というかその子を置いてけぼりにして話を進めるな。

 お願いだから私と言葉のキャッチボールをしてくれ。

 そう言いたかったけれど、とりあえず今は黙っておくのが得策だろうか。


「まあいいや。私、笠島ニコ。君はあれでしょ、光に無理やり連れてこられたんだ」

「無理やりじゃないよー」

 とりあえず私は自己紹介をしたが、光のその主張にはやや難がある。表情見なさい、彼女の表情を。

 

「合意とは言い難いですが……」

 真顔の彼女は、細い声で心底帰りたそうに呟いた。

「ほらね。拉致だよ拉致。ゆーかい。分かる?」

「うぅ~。酷いよぉニコちゃん」

 酷いのは光の方だ。泣き真似したって無駄だぞ……。


「君は……まあいいや、お連れさんとかいないの」

 大体年頃の女子っていうのは、こういう場所に一人で乗り込んだりしない、と私は踏んだ。

「ボクは小野寺翼です。一応、一緒に来た奴が一人」

「奴って……仲がいいんだか何なんだかわかんない呼称を使うね」

 まあ、私もそんな節はあるけれど……翼か。珍しい名前だ。私が言えることじゃ無いけど。


「連絡しなくて大丈夫——ってうわ」

「大丈夫! それより先にコスプレっちゃお」

 光が彼女を教室内に連行。やばい。言うこと聞かないし反省してない。どんどん教室内に入っていく。

「ちょっと光! 直人、ここ頼んだ」

 私は直人一人に受付を任せることにした。この様子だと光の宣伝は上手くいかなかったようだから、多分大丈夫だ。

 閉まりかけたドアを無理矢理開いて光を追いかける。いや、これはまずいって。


「光! そもそも部外者じゃん」

 私は光に向かって叫ぶ。光はもうここの学生ではない上、一般市民?を拉致しているのだ。

「でも、先生もいいってさ」

 三門みもん先生だな。今年も私のクラスの担任だ。あの人はノリが高校生だ、全く……。なんてことを。

「先生は光に甘いんだよぉ」

 そんな呑気な。もしこの子が保護者と来てたらどうするんだ。光の監督責任を負うのは、おそらく私だ。

 そんな私に構わず、光は教室内にあった衣装を漁る。思わず肩を落として、翼ちゃんにこう言った。

「ごめんね……光、ああなっちゃったら止まらないからさあ」

 ははは……といった感じで翼ちゃんが苦笑する。本当に連絡しなくて大丈夫だろうか。


「やっぱこれだな!」

 そこで光が一着を選んで、私の方に駆け寄ってくる。

 何だか得意げだ。

「ニコちゃん……」

 光が衣装を右手に持ったまま、すごい目力で私に衣装を押し付けた……な、何。私に何の用が。

「何、光……着ないよ?」

 やっとのことで発した声も虚しく。

「わかった、着せる」

 そうじゃない。おかしいってそれは。何で私が。

「先に翼ちゃんが着ようか。おいで」

 私が着ることで翼ちゃんが着なくて済むなら着ようと思ったが、そんな考えはやはり甘かったようだ。

 光は翼ちゃんの手を引いて、奥の更衣室に連れて行った……。


—————————


「あぁ~」

 光はめちゃめちゃ満足そうだが、メイド服を着せられた翼ちゃんはとても恥ずかしそうにスカートの裾を掴んでいる。

 当たり前だが人生初のメイド服だろう。


「とりあえずいいや、そのまま待ってて。——はぁい次、ニコちゃんね」

「え?」

 いやいやいやいや。

「えじゃないよ、さっき言ったじゃん」

 キラキラした瞳で見られましても。

「だから私は着ないって」

「着せるから安心してっ」

 本人わたしの意思を尊重してくれ。

 私は必死に抵抗するも、単純に光の方が断然背が高いので引っ張られる他なかった。

 人がいないのでまだマシだけれど……私がコスプレした様子をクラスメートの誰かに見られでもしたら、私は確実にまた不登校になるぞ。


「こら止めろ」

「誰も見てないってー」

 親友だから許されるものの、制服をこうも手際良く脱がされると恥ずかしい。

 静止の声はもう届かなくなっているので、無言で抵抗を続けた。


 その間に、翼ちゃんが電話に出ている声が聞こえた。よかった、連絡できたのか。

 うん、勘違いで私たちが通報されないといいけど。


 それどころじゃない。今は自分の心配をするべきだ。


「ちょっと光! ヘンなとこ触んな」

「やだな、ニコちゃん自分でホック留められないでしょー」

 もう字面だけ見たら変態だ!確かに無理だけど。無理だけど!

 これ以上こんな醜態を他の人に晒すわけにはいかない。こうなったら絶対に教室の外には出ない。

 ……。

 光も着ろよ、とアイコンタクトを送ったが、にんまりとこちらを見るだけだ。

 こんなの不公平だと思わんのか。

 ちなみに私が来たのは軍服だ。誰の私物だよ、何で持ってるんだよ、何で持ってきちゃったんだよ。

 私はほぼパニック状態だった。


「済みません、失礼しますね」

 その時、凛とした声が教室に響いた。翼ちゃんのお連れ様だろうか。


「ほら、ニコちゃん。これをかぶれっ」

「うわっ」

 極め付けに帽子を被せられて、前につんのめる。

 近くにあった姿見で自分を見たけれど、変に似合っている。光のセレクトは間違っていなかった様だ。

 ……幾ら似合っていると言われても、もう脱ぎたいんだけど。

 普通に首も袖も足も詰まってて心地悪い。

 静けさが異常なこの教室で光だけが騒いでいる。


「はーい出来ましたよー、ニコちゃん出ておいでー! ってどうしたのぉ、そこの男の子」

 光は更衣室からでて呼びかけた。

 というか、『出来ました』って……私は料理ではありません。


「翼ちゃんの知り合いー?」

 光は無遠慮にも、初対面のはずの人に話しかけている様だ。また何かやらかしたら大変だ、私も恐る恐る更衣室から顔を覗かせて、少しずつ更衣室から出た。

 光はスカートを翻してはくるくる回っていて、楽しそうだ。

「光ぃ」

 もうやめてくれ、という感情を込めて呼ぶ。

 翼ちゃんが驚いて私を見ている。

「あんまりこっち見ないでくれると助かる」

 やっとのことで私は声を絞り出した。我ながら情けない、やっぱりすごく恥ずかしい。


「翼」

 翼ちゃんのそばに、先ほど来た男子が名前を呼んで、何かを囁く。

 途端に翼ちゃんが顔を赤くして俯く。

 ……なるほど。光がきゃーきゃー騒いでるわけだ。

 しかもこの男子くん、翼ちゃんにデレデレっぽいな。お二人にはなんだか悪いけど、すごく微笑ましい。


「そうだ! 直人クーン」

 ああ、嫌な予感する。もうこれ以上事を荒げないで……人を巻き込まないで……。

「なに」

 直人が恐る恐る、と言った様子でドアから顔を覗かせる。途端、目を見開いて私の方を見る。

「どうしたの、笠島さん……」

 こっちを見るな。そしてドアを閉めるんだ。恥ずかしいから。

 動揺からか知らないが、私への呼称が妙に畏ってしまっている。

「私だって知らないよ! 光が勝手に」

「可愛いでしょ、ニコちゃん! 衣装見た時から絶対来てもらうって決めてたんだぁ」

 それは知らん。


「ねえ、直人クン。ここって、お客さん来た?」

「えぇ? 来てないけど」

 光が何か企んでいる。止めたいがそこまでの気力がない。

「じゃあ、出かけても問題ないよねっ」

 職務放棄を唆すな、元岬ヶ丘高校生め。


「はいはい、直人君はこの服でぇ。それから君? 誰か知らないけどはこれね。私男の着替え見る趣味はないから、勝手に着替えてきて」

「え? 僕も?」

「あったりまえでしょー。ニコちゃんとお揃いだぜっ」

 光が勝手に仕切り始める。というかもうどうでもいい。

「なあ、翼……」

まつりなら似合うと思うよ」

 翼ちゃんの付き添いの人は祭くんと言うらしい。……直人より背が高いな。

 というか祭くんまで巻き込むな。


「翼ちゃん……」

 私は思わず、翼ちゃんに縋りつくように近寄った。

「笠島さんはいいじゃないですか、露出少ないですよ」

「確かに……」

 そっか、それもそうだ。翼ちゃんはかわいいふりふりのメイド服に黒タイツだ。

 そう考えると、長袖長ズボンの私はまだマシな方だ。


「翼ちゃんって何年生? 私はここの高校二年生なんだけど」

 二人が着替えている間の話題を繋ぐために聞いてみた。

「ボクは中学二年生です。ここから少し遠いところ、紅都立高校附属中です」

 おぉ、すごい。かっこいい名前。

「ああ。あそこ頭良いよね。生徒会長さんがうちに来てたことあったな」

「ねえ、あの子とはどういう関係なの」

 私は思い切って、翼ちゃんに尋ねた。もちろん小声で。

「祭がボクの彼氏です」

「ひゅー……」

 光が顔を抑えて息を吐き出す。

 というか、やっぱり彼氏か……私、いたことないのに。今の中学生ってすごいな。


「祭くん? って同じ学校かい?」

 そんな聞き方をするな。翼ちゃん困っちゃうよ。そんなに踏み込まないであげて。

「いえ。祭はあの……私立紅都男制高校附属中の」

「うわーっ、エリート」

「その年ではエリートと言わないと思うけどね。ていうか、光はコスプレしないの?」

 ずっと言いたかったことを言った。光だけコスプレしないと逆に浮くのではないだろうか。

「私はしないよー」

 ずるい。ひらひらと手を振って逃げる。

「見せる相手もいないしねー」

 全校生徒に私たちのことを見せる理由にはならない。

 翼ちゃんや祭くんはともかく、私と直人はこれからもあと一年と少しここで過ごすのだ。黒歴史を作らせるつもりか。


「江川さんと笠島さんは違う学校なんですか」

 翼ちゃんも、ここぞとばかりに光に話を持ちかける。この二人、なかなか気が合いそうな感じもする。

「そうだよー。もともとはおんなじ学校だけど、今は私がアメリカに留学中」

「良かったのか? 今帰ってきて。アメリカでは始まったばっかだろ」

 そう言いながら思い出す。アメリカは九月からのはずだ。元々来れる予定でもなかったのに、と私は呟く。

「そうだけどさぁ。ニコちゃんの晴れ舞台とあっては黙っているわけにはいかない、でしょ!」

 ……全く、嫌いになれない性格をしている。

 アメリカでもうまいことやっているのだろう。というか、アメリカにでもいかないと、周りが光のテンションに追いつかない気がする。


「ね、ニコちゃん! これからもべたべたに仲良くしようね!」

 そう言って、私に抱きつく光。

「仲良くはするけどべたべたは嫌だ」

「あぁ〜というか久々の生のニコちゃんすごい可愛い……髪の毛の匂い吸いたい」

「普通に怖い」

 本当に怖いよ。光は、私の髪の毛の匂いの香水があったら間違いなく買うのだろう。それくらいの勢いだ。

「やだーっ離れないでっ」

「一回離れなさい」

 ……そう言えば、去年はこんな風に毎日話してたんだっけ。

 去年のことを思い出して、ふと懐かしくなる。

 いや、今は私は軍服姿で光は私服だ。似ても似つかないシチュエーションだ。


 と、その時に、祭くんが着替えを済ませて出てきた。

「翼お嬢様」

 ……。

 祭くんって本当に翼ちゃんのこと好きなんだね……。執事らしく、手を胸に当ててお辞儀までしている。それに長身なので、細身のズボンがすごく似合う。

 翼ちゃんのためなら何でもやりそうだ。


「メイドにお嬢様っていうのは似合わないよ」

 苦笑しつつも、翼ちゃんは可愛く祭くんにこう言った。

「似合ってんじゃん。かっくい」

 ほぼほぼ無表情だった祭くんの表情が一瞬緩みかけたが、瞬きをして堪えた様だ。

 これが、尊いってことか……。


「江川さん……着替えたけれど」

 直人が着替えを済ませて姿を現した。

 手袋もセットでついているらしく、少し窮屈そうにしている。

 直人は手がなかなかに大きいので、もしかしたら小さかったのかもしれない。

「どうも……筒井つつい直人です。自己紹介忘れてごめんなさい」

 翼ちゃん、祭くんに軽く会釈する。巻き込んでしまって申し訳ない、という感情が溢れ出ている。


「こんなんだけどねー、バレーの試合の時はすごいんだよ、直人クン」

 光がキラキラした笑顔で二人に説明する。

 前に直人のバレーの試合を見に行った時もすごかったな。

 身長の低い私とは違う世界が見えていそうだ。


「俺は禊禧けいき祭です」

 とても礼儀正しく、祭くんが自己紹介する。

 珍しい名前だな。どんな感じだろう。渓木とか?分からないけど。


「へー、禊禧君! かっこいい名前だね」

「画数が多くて困ります」

 漢字を聞きたくてたまらない。しかし、ただ一つ確実なのは、木の字はつかないと言うことだ。


「それで、光? 私たちにコスプレさせて何がしたいの?」

 まさかファッションショーの如くこの教室でポーズを取れと言うわけではないよな?

「可愛いニコちゃんはみんなに見てもらわなくっちゃ損だよね! 翼ちゃんと禊禧君、後は直人クンも?」

「何で僕の時だけ疑問形なの……」

「練り歩くよーっ!」


 あぁ、無理。もうこの学校来れないかもしれない。新しくできた友達にもドン引きされるだろう。


—————————


「今日は光がごめんね」

 こんなに歩かされると思わなかった。もう無理だ。

 翼ちゃんたちのためにも、一回キツく言っておいた方がいいかもしれない。

 ところで直人は、部活でも受付があるとかで、途中で抜けていった。

 だから、今ここには、私と光と、翼ちゃんと祭くんしかいない。直人には、後でお詫びと礼を伝えておこう。


「あの子、夢中になったら前が見えないんだ。もちろん右も左も後ろも見えてないし」

 いつもお先真っ暗の光は、自分だけしか光っていない。だから、周りにいた、自分が照らした人間と関わる。

 好きな人とだけ関わる。だからいつも、こんなにも楽しそうなのだ。


「多分、夢を見てるんだよね。夢中で夢を見てるの。そういうところ、私が光のことを好きな理由」

 いつでも誰かを巻き込んでいるけど、みんな悪い気分にならない。

 みんなに好かれるし、みんなを好いている、この世に二度と生まれない博愛主義者、かもしれない。

 私がそう言うと、翼ちゃんがふふ、と笑った。


「翼お嬢様」

「もう君は執事じゃないよ」

 翼ちゃんが祭くんを見上げる。祭くんは、表情を崩した。すごく優しい、笑顔。

「帰ろう」

「うん」

 ……微笑ましいな。


「ひゅー……」

 光はまた顔を抑えて、口をもごもごさせる。全く、光は今日一日退屈しなかっただろう。


「じゃあ、翼はもらっていきますね。遊んで下さってありがとうございました」

 祭くんが、まるで保護者のような言動をする。

「はい。こちらこそ、光と遊んでくれてありがとうございます」

 つられて私も、ぺこりと頭を下げた。直角九十度。

「あーっ! ニコちゃん酷ーい。私のこと子ども扱いするなんてー」

 迷惑かけたのに。


 もう私たちは高二だ。いつまでも子どもではいられない。

 だからこそ、今だけは子ども扱いしたい。

 光が私は抱きしめてきた。私は素直に、そんな光を抱きしめ返した。

「はは、ごめんね」

 軽く謝ると、光が上目遣いで凄く嬉しそうにした。

 中学校の三年間、ほぼ不登校だった私は、多分、この笑顔に照らしてもらったのだ。


 既に沈まんとする日光が、ふと私の目を刺す。カーテンがなびいて、私たち二人を照らす。

 翼ちゃんたちが見えなくなるのを見届けてから、私は光に聞いた。


「光。本当にここの学校から転校して良かったの?」

「え? うん、まあ。後悔はしてないよ」

 少し歯切れが悪い。私はさらに食い下がる。


「嫌じゃなかったの? だって、苦労してこの学校に入ったでしょ」

「……そう、だね。私、中学は落ちちゃったからねぇ」

 光はいつだったか、高入生であることを、少し恥ずかしそうに言った。

 引け目があったのだろうか、ずっと私には言わなかった。

 その時に、私はほとんど中学には来ていなかったことも、光にだけは明かした。


「高校で何としてでも入りたかったよ? 憧れだったもん。ずっと先輩たちを見てた」

「……」

「いや、もういいんだよ! きっと私はニコちゃんに会うためにここに来たし、ここに少しでも通えて、いい思い出ができた」

 それで十分だよ、と言葉を切って目を伏せた。慌てて誤魔化した感じもしたけれど……。


「光がいいなら、それでいいんだけどね」

 なんだろう。私の心のどこかで、納得していない。


「もしかしてぇ。ニコちゃん、私がアメリカ行く、ってなって嫉妬しちゃった〜?」

「ばか。茶化さないで、割と本気なんだ」

 そっか、やっぱり嫉妬してたんだ。自分の生活の未練を捨てて、知らないところに旅立つ勇気も。

 親友を置いていく不安を抑えるのとも、私はできないだろう。


「これからも親友でいようか」

「親友はだめ。大親友」


 こんな彼女と、まだ会って二年も経っていないのが信じられない。

 明日も昨日も、ずっと話していたような錯覚に陥る。

 できるだけ長い時間、有意義な時間を過ごしたい。


「クレープ食べて帰ろう。ホームルーム終わるまで、ちょっと待ってて」

 私がそう提案すると、ぱあっと顔を輝かせる。

「そういえば去年、私がそんなこと言ったね! 行こ行こ、行こう! チョコバナナ〜」


 校内に、公開終了のアナウンスが響き渡る。









・登場人物紹介

 禊禧けいきまつり小野寺おのでらつばさ

 →フルリさん作『あいつとボクの違い』

https://kakuyomu.jp/works/16818093079284227675


 笠島かさじまニコ&江川えがわひかり筒井つつい直人なおと

 →しがなめ作『道路標識と私』

https://kakuyomu.jp/works/16817330666059223885


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集 しがなめ @Shiganame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ