高二の文化祭
私の作品『道路標識と私』にフルリさんの登場人物が私の世界に遊びに来ました。
ぜひ、そちらの作品にも目を通していただければ幸いです。
フルリさん
▶︎https://kakuyomu.jp/users/FLapis
この短編の別視点(作 フルリさん)
私、
正直、眠いし寝たいしで帰りたい。去年はぼっちを乗り切るのに必死で何も思っていなかったが、よくよく考えて文化祭が三日間はおかしい。
先生の仕事量がえげつないのは察するにあまりある。
他にも前日準備やらなんやらを含めると、かなり力が入っている……はずなのだが。
「…………」
「…………」
見事に現在の集客は二桁も行っていない。
そんなわけで、私は
今更ながら、私は自分の頬の傷を気にした。
暁音さんに止められたから、我慢するけど。
「ニコちゃーん!」
「
廊下の向こうから、光が走ってきて、私と直人は返事をした。……いや、走ったら危ないってば。
「久しぶりニコちゃん!」
「ずっと連絡は取り合っていたけどね。どう? 向こうではうまく行ってる?」
光は、高校一年の課程が終わってすぐ、アメリカに留学していたのだ。なんとまあ突拍子も無い話だ。けれど、ホストファミリーの家に滞在とかでもなく、向こうに家が別にあるという。
それをビデオ通話で教えられた時には、光の家はかなりのお金持ちなのだろうか、と驚いた。
……それでも、久しぶりに実際にこうして会って、私も少しテンションが上がる。しかし、光とは学校で会うのが常だったので、私服姿と言うのはなかなか新鮮だ。
「たまーにニコちゃんが英語、教えてくれてたからね! 何とかなってるよ」
「それならよかった——ところで、コスプレ喫茶に来たの? 残念ながら、今は私たち以外に人は居ないよ」
一応、営業してはいるけど、誰も来ないので従業員は殆ど何処かへ出かけてしまった。
やれやれ。コスプレ喫茶を提案したのは一体誰だったか。
「それなら、私が営業かけてくるよ! ほら、私だって元クラスメートだし? 宣伝してきまーすっ!」
「えっ、ま……」
やばい。止めないと……ああ、駄目だ。もう見えなくなった。暴走して帰ってきそう。
巻き込む人が可哀想だ。
「相変わらず光さんは元気だね」
「本当に。なんかトラブらないといいけど」
—————————
私、
「コスプレ喫茶はどーですかー! 空いてるので快適ですよーっ」
……まあ、そんなことを言ってもすぐに人が集まるとかではないけど。
あ、コスプレ喫茶なんだから、コスプレ体験みたいな感じで着てもらう、みたいなのもアリじゃない!?
うーん、なんか誰か似合いそうな子は……。
そこで私は、うろうろしている、背の低めの女の子がいるのを見つけた。
え、すっごいかわいいんだけど!?
いや、何から何まで全てが似合ってる。赤のマフラーにスカート、ダッフルコート……いやいや、わざわざ描写するまでもない。
私は思わずその子にがっつくように話しかけた。
「ね、うちのコスプレ喫茶に来てくれない!」
あっ、やばい。話しかけ方絶対間違えた!めっちゃ引いてる、どうしよう!
いや、ここで焦ったらだめだ!ごり押せ、
「ねーえー。絶対メイドさん似合うよぉ」
私は左右に体を揺らしながらも、視線はその子の目に向けたままにする。視線のやり場に困った様に、その子が目を背ける。
「お姉さん誰ですか」
「えっ! 興味持ってくれたの嬉しいなァっ!」
やっと話してくれた!嬉しい。
「私はね、江川光って言うんだよ」
「素敵な名前ですね」
「うん、でしょ! 君は?」
「ボクは
「はわぁ~」
リアル僕っ娘だと……!?
この見た目でめっちゃ悶えてたのにこんな、こんなっ……。
こ、これが供給過多ってやつ!?
「待ってやばい。光ちゃん大ピンチです。まさかこんなところで僕っ娘に出会えるとは」
よし、決めた。この子には絶対にメイド服を着てもらおう。
絶対似合うって。ニコちゃんにも見せたいし、なんか縁がある気がするんだよね。
「わかった! 翼ちゃんね! 早速だけど、めちゃくちゃ可愛いからメイド服を着よう!」
「え!?」
翼ちゃんは私のいきなりの提案に驚いて声を上げた。
それでも、私は構わずニコちゃんの教室を目指す。
——————————
「やっほーニコちゃーん」
光がようやく戻ってきた。快活な笑みを見せながらピースサインを私に突きつける。何をしていたのだろう。
って、なんか知らない子連れてきてる。すごく困っていそう。
「光……一体誰だ」
「ほらほらニコちゃん、ぷくぷくしないで。可愛いお顔が台無しだよぉ。にこーってして御覧」
冗談じゃない。彼女、迷惑そうな顔してるじゃないか。というかその子を置いてけぼりにして話を進めるな。
お願いだから私と言葉のキャッチボールをしてくれ。
そう言いたかったけれど、とりあえず今は黙っておくのが得策だろうか。
「まあいいや。私、笠島ニコ。君はあれでしょ、光に無理やり連れてこられたんだ」
「無理やりじゃないよー」
とりあえず私は自己紹介をしたが、光のその主張にはやや難がある。表情見なさい、彼女の表情を。
「合意とは言い難いですが……」
真顔の彼女は、細い声で心底帰りたそうに呟いた。
「ほらね。拉致だよ拉致。ゆーかい。分かる?」
「うぅ~。酷いよぉニコちゃん」
酷いのは光の方だ。泣き真似したって無駄だぞ……。
「君は……まあいいや、お連れさんとかいないの」
大体年頃の女子っていうのは、こういう場所に一人で乗り込んだりしない、と私は踏んだ。
「ボクは小野寺翼です。一応、一緒に来た奴が一人」
「奴って……仲がいいんだか何なんだかわかんない呼称を使うね」
まあ、私もそんな節はあるけれど……翼か。珍しい名前だ。私が言えることじゃ無いけど。
「連絡しなくて大丈夫——ってうわ」
「大丈夫! それより先にコスプレっちゃお」
光が彼女を教室内に連行。やばい。言うこと聞かないし反省してない。どんどん教室内に入っていく。
「ちょっと光! 直人、ここ頼んだ」
私は直人一人に受付を任せることにした。この様子だと光の宣伝は上手くいかなかったようだから、多分大丈夫だ。
閉まりかけたドアを無理矢理開いて光を追いかける。いや、これはまずいって。
「光! そもそも部外者じゃん」
私は光に向かって叫ぶ。光はもうここの学生ではない上、一般市民?を拉致しているのだ。
「でも、先生もいいってさ」
「先生は光に甘いんだよぉ」
そんな呑気な。もしこの子が保護者と来てたらどうするんだ。光の監督責任を負うのは、おそらく私だ。
そんな私に構わず、光は教室内にあった衣装を漁る。思わず肩を落として、翼ちゃんにこう言った。
「ごめんね……光、ああなっちゃったら止まらないからさあ」
ははは……といった感じで翼ちゃんが苦笑する。本当に連絡しなくて大丈夫だろうか。
「やっぱこれだな!」
そこで光が一着を選んで、私の方に駆け寄ってくる。
何だか得意げだ。
「ニコちゃん……」
光が衣装を右手に持ったまま、すごい目力で私に衣装を押し付けた……な、何。私に何の用が。
「何、光……着ないよ?」
やっとのことで発した声も虚しく。
「わかった、着せる」
そうじゃない。おかしいってそれは。何で私が。
「先に翼ちゃんが着ようか。おいで」
私が着ることで翼ちゃんが着なくて済むなら着ようと思ったが、そんな考えはやはり甘かったようだ。
光は翼ちゃんの手を引いて、奥の更衣室に連れて行った……。
—————————
「あぁ~」
光はめちゃめちゃ満足そうだが、メイド服を着せられた翼ちゃんはとても恥ずかしそうにスカートの裾を掴んでいる。
当たり前だが人生初のメイド服だろう。
「とりあえずいいや、そのまま待ってて。——はぁい次、ニコちゃんね」
「え?」
いやいやいやいや。
「えじゃないよ、さっき言ったじゃん」
キラキラした瞳で見られましても。
「だから私は着ないって」
「着せるから安心してっ」
私は必死に抵抗するも、単純に光の方が断然背が高いので引っ張られる他なかった。
人がいないのでまだマシだけれど……私がコスプレした様子をクラスメートの誰かに見られでもしたら、私は確実にまた不登校になるぞ。
「こら止めろ」
「誰も見てないってー」
親友だから許されるものの、制服をこうも手際良く脱がされると恥ずかしい。
静止の声はもう届かなくなっているので、無言で抵抗を続けた。
その間に、翼ちゃんが電話に出ている声が聞こえた。よかった、連絡できたのか。
うん、勘違いで私たちが通報されないといいけど。
それどころじゃない。今は自分の心配をするべきだ。
「ちょっと光! ヘンなとこ触んな」
「やだな、ニコちゃん自分でホック留められないでしょー」
もう字面だけ見たら変態だ!確かに無理だけど。無理だけど!
これ以上こんな醜態を他の人に晒すわけにはいかない。こうなったら絶対に教室の外には出ない。
……。
光も着ろよ、とアイコンタクトを送ったが、にんまりとこちらを見るだけだ。
こんなの不公平だと思わんのか。
ちなみに私が来たのは軍服だ。誰の私物だよ、何で持ってるんだよ、何で持ってきちゃったんだよ。
私はほぼパニック状態だった。
「済みません、失礼しますね」
その時、凛とした声が教室に響いた。翼ちゃんのお連れ様だろうか。
「ほら、ニコちゃん。これをかぶれっ」
「うわっ」
極め付けに帽子を被せられて、前につんのめる。
近くにあった姿見で自分を見たけれど、変に似合っている。光のセレクトは間違っていなかった様だ。
……幾ら似合っていると言われても、もう脱ぎたいんだけど。
普通に首も袖も足も詰まってて心地悪い。
静けさが異常なこの教室で光だけが騒いでいる。
「はーい出来ましたよー、ニコちゃん出ておいでー! ってどうしたのぉ、そこの男の子」
光は更衣室からでて呼びかけた。
というか、『出来ました』って……私は料理ではありません。
「翼ちゃんの知り合いー?」
光は無遠慮にも、初対面のはずの人に話しかけている様だ。また何かやらかしたら大変だ、私も恐る恐る更衣室から顔を覗かせて、少しずつ更衣室から出た。
光はスカートを翻してはくるくる回っていて、楽しそうだ。
「光ぃ」
もうやめてくれ、という感情を込めて呼ぶ。
翼ちゃんが驚いて私を見ている。
「あんまりこっち見ないでくれると助かる」
やっとのことで私は声を絞り出した。我ながら情けない、やっぱりすごく恥ずかしい。
「翼」
翼ちゃんのそばに、先ほど来た男子が名前を呼んで、何かを囁く。
途端に翼ちゃんが顔を赤くして俯く。
……なるほど。光がきゃーきゃー騒いでるわけだ。
しかもこの男子くん、翼ちゃんにデレデレっぽいな。お二人にはなんだか悪いけど、すごく微笑ましい。
「そうだ! 直人クーン」
ああ、嫌な予感する。もうこれ以上事を荒げないで……人を巻き込まないで……。
「なに」
直人が恐る恐る、と言った様子でドアから顔を覗かせる。途端、目を見開いて私の方を見る。
「どうしたの、笠島さん……」
こっちを見るな。そしてドアを閉めるんだ。恥ずかしいから。
動揺からか知らないが、私への呼称が妙に畏ってしまっている。
「私だって知らないよ! 光が勝手に」
「可愛いでしょ、ニコちゃん! 衣装見た時から絶対来てもらうって決めてたんだぁ」
それは知らん。
「ねえ、直人クン。ここって、お客さん来た?」
「えぇ? 来てないけど」
光が何か企んでいる。止めたいがそこまでの気力がない。
「じゃあ、出かけても問題ないよねっ」
職務放棄を唆すな、元岬ヶ丘高校生め。
「はいはい、直人君はこの服でぇ。それから君? 誰か知らないけどはこれね。私男の着替え見る趣味はないから、勝手に着替えてきて」
「え? 僕も?」
「あったりまえでしょー。ニコちゃんとお揃いだぜっ」
光が勝手に仕切り始める。というかもうどうでもいい。
「なあ、翼……」
「
翼ちゃんの付き添いの人は祭くんと言うらしい。……直人より背が高いな。
というか祭くんまで巻き込むな。
「翼ちゃん……」
私は思わず、翼ちゃんに縋りつくように近寄った。
「笠島さんはいいじゃないですか、露出少ないですよ」
「確かに……」
そっか、それもそうだ。翼ちゃんはかわいいふりふりのメイド服に黒タイツだ。
そう考えると、長袖長ズボンの私はまだマシな方だ。
「翼ちゃんって何年生? 私はここの高校二年生なんだけど」
二人が着替えている間の話題を繋ぐために聞いてみた。
「ボクは中学二年生です。ここから少し遠いところ、紅都立高校附属中です」
おぉ、すごい。かっこいい名前。
「ああ。あそこ頭良いよね。生徒会長さんがうちに来てたことあったな」
「ねえ、あの子とはどういう関係なの」
私は思い切って、翼ちゃんに尋ねた。もちろん小声で。
「祭がボクの彼氏です」
「ひゅー……」
光が顔を抑えて息を吐き出す。
というか、やっぱり彼氏か……私、いたことないのに。今の中学生ってすごいな。
「祭くん? って同じ学校かい?」
そんな聞き方をするな。翼ちゃん困っちゃうよ。そんなに踏み込まないであげて。
「いえ。祭はあの……私立紅都男制高校附属中の」
「うわーっ、エリート」
「その年ではエリートと言わないと思うけどね。ていうか、光はコスプレしないの?」
ずっと言いたかったことを言った。光だけコスプレしないと逆に浮くのではないだろうか。
「私はしないよー」
ずるい。ひらひらと手を振って逃げる。
「見せる相手もいないしねー」
全校生徒に私たちのことを見せる理由にはならない。
翼ちゃんや祭くんはともかく、私と直人はこれからもあと一年と少しここで過ごすのだ。黒歴史を作らせるつもりか。
「江川さんと笠島さんは違う学校なんですか」
翼ちゃんも、ここぞとばかりに光に話を持ちかける。この二人、なかなか気が合いそうな感じもする。
「そうだよー。もともとはおんなじ学校だけど、今は私がアメリカに留学中」
「良かったのか? 今帰ってきて。アメリカでは始まったばっかだろ」
そう言いながら思い出す。アメリカは九月からのはずだ。元々来れる予定でもなかったのに、と私は呟く。
「そうだけどさぁ。ニコちゃんの晴れ舞台とあっては黙っているわけにはいかない、でしょ!」
……全く、嫌いになれない性格をしている。
アメリカでもうまいことやっているのだろう。というか、アメリカにでもいかないと、周りが光のテンションに追いつかない気がする。
「ね、ニコちゃん! これからもべたべたに仲良くしようね!」
そう言って、私に抱きつく光。
「仲良くはするけどべたべたは嫌だ」
「あぁ〜というか久々の生のニコちゃんすごい可愛い……髪の毛の匂い吸いたい」
「普通に怖い」
本当に怖いよ。光は、私の髪の毛の匂いの香水があったら間違いなく買うのだろう。それくらいの勢いだ。
「やだーっ離れないでっ」
「一回離れなさい」
……そう言えば、去年はこんな風に毎日話してたんだっけ。
去年のことを思い出して、ふと懐かしくなる。
いや、今は私は軍服姿で光は私服だ。似ても似つかないシチュエーションだ。
と、その時に、祭くんが着替えを済ませて出てきた。
「翼お嬢様」
……。
祭くんって本当に翼ちゃんのこと好きなんだね……。執事らしく、手を胸に当ててお辞儀までしている。それに長身なので、細身のズボンがすごく似合う。
翼ちゃんのためなら何でもやりそうだ。
「メイドにお嬢様っていうのは似合わないよ」
苦笑しつつも、翼ちゃんは可愛く祭くんにこう言った。
「似合ってんじゃん。かっくい」
ほぼほぼ無表情だった祭くんの表情が一瞬緩みかけたが、瞬きをして堪えた様だ。
これが、尊いってことか……。
「江川さん……着替えたけれど」
直人が着替えを済ませて姿を現した。
手袋もセットでついているらしく、少し窮屈そうにしている。
直人は手がなかなかに大きいので、もしかしたら小さかったのかもしれない。
「どうも……
翼ちゃん、祭くんに軽く会釈する。巻き込んでしまって申し訳ない、という感情が溢れ出ている。
「こんなんだけどねー、バレーの試合の時はすごいんだよ、直人クン」
光がキラキラした笑顔で二人に説明する。
前に直人のバレーの試合を見に行った時もすごかったな。
身長の低い私とは違う世界が見えていそうだ。
「俺は
とても礼儀正しく、祭くんが自己紹介する。
珍しい名前だな。どんな感じだろう。渓木とか?分からないけど。
「へー、禊禧君! かっこいい名前だね」
「画数が多くて困ります」
漢字を聞きたくてたまらない。しかし、ただ一つ確実なのは、木の字はつかないと言うことだ。
「それで、光? 私たちにコスプレさせて何がしたいの?」
まさかファッションショーの如くこの教室でポーズを取れと言うわけではないよな?
「可愛いニコちゃんはみんなに見てもらわなくっちゃ損だよね! 翼ちゃんと禊禧君、後は直人クンも?」
「何で僕の時だけ疑問形なの……」
「練り歩くよーっ!」
あぁ、無理。もうこの学校来れないかもしれない。新しくできた友達にもドン引きされるだろう。
—————————
「今日は光がごめんね」
こんなに歩かされると思わなかった。もう無理だ。
翼ちゃんたちのためにも、一回キツく言っておいた方がいいかもしれない。
ところで直人は、部活でも受付があるとかで、途中で抜けていった。
だから、今ここには、私と光と、翼ちゃんと祭くんしかいない。直人には、後でお詫びと礼を伝えておこう。
「あの子、夢中になったら前が見えないんだ。もちろん右も左も後ろも見えてないし」
いつもお先真っ暗の光は、自分だけしか光っていない。だから、周りにいた、自分が照らした人間と関わる。
好きな人とだけ関わる。だからいつも、こんなにも楽しそうなのだ。
「多分、夢を見てるんだよね。夢中で夢を見てるの。そういうところ、私が光のことを好きな理由」
いつでも誰かを巻き込んでいるけど、みんな悪い気分にならない。
みんなに好かれるし、みんなを好いている、この世に二度と生まれない博愛主義者、かもしれない。
私がそう言うと、翼ちゃんがふふ、と笑った。
「翼お嬢様」
「もう君は執事じゃないよ」
翼ちゃんが祭くんを見上げる。祭くんは、表情を崩した。すごく優しい、笑顔。
「帰ろう」
「うん」
……微笑ましいな。
「ひゅー……」
光はまた顔を抑えて、口をもごもごさせる。全く、光は今日一日退屈しなかっただろう。
「じゃあ、翼はもらっていきますね。遊んで下さってありがとうございました」
祭くんが、まるで保護者のような言動をする。
「はい。こちらこそ、光と遊んでくれてありがとうございます」
つられて私も、ぺこりと頭を下げた。直角九十度。
「あーっ! ニコちゃん酷ーい。私のこと子ども扱いするなんてー」
迷惑かけたのに。
もう私たちは高二だ。いつまでも子どもではいられない。
だからこそ、今だけは子ども扱いしたい。
光が私は抱きしめてきた。私は素直に、そんな光を抱きしめ返した。
「はは、ごめんね」
軽く謝ると、光が上目遣いで凄く嬉しそうにした。
中学校の三年間、ほぼ不登校だった私は、多分、この笑顔に照らしてもらったのだ。
既に沈まんとする日光が、ふと私の目を刺す。カーテンがなびいて、私たち二人を照らす。
翼ちゃんたちが見えなくなるのを見届けてから、私は光に聞いた。
「光。本当にここの学校から転校して良かったの?」
「え? うん、まあ。後悔はしてないよ」
少し歯切れが悪い。私はさらに食い下がる。
「嫌じゃなかったの? だって、苦労してこの学校に入ったでしょ」
「……そう、だね。私、中学は落ちちゃったからねぇ」
光はいつだったか、高入生であることを、少し恥ずかしそうに言った。
引け目があったのだろうか、ずっと私には言わなかった。
その時に、私はほとんど中学には来ていなかったことも、光にだけは明かした。
「高校で何としてでも入りたかったよ? 憧れだったもん。ずっと先輩たちを見てた」
「……」
「いや、もういいんだよ! きっと私はニコちゃんに会うためにここに来たし、ここに少しでも通えて、いい思い出ができた」
それで十分だよ、と言葉を切って目を伏せた。慌てて誤魔化した感じもしたけれど……。
「光がいいなら、それでいいんだけどね」
なんだろう。私の心のどこかで、納得していない。
「もしかしてぇ。ニコちゃん、私がアメリカ行く、ってなって嫉妬しちゃった〜?」
「ばか。茶化さないで、割と本気なんだ」
そっか、やっぱり嫉妬してたんだ。自分の生活の未練を捨てて、知らないところに旅立つ勇気も。
親友を置いていく不安を抑えるのとも、私はできないだろう。
「これからも親友でいようか」
「親友はだめ。大親友」
こんな彼女と、まだ会って二年も経っていないのが信じられない。
明日も昨日も、ずっと話していたような錯覚に陥る。
できるだけ長い時間、有意義な時間を過ごしたい。
「クレープ食べて帰ろう。ホームルーム終わるまで、ちょっと待ってて」
私がそう提案すると、ぱあっと顔を輝かせる。
「そういえば去年、私がそんなこと言ったね! 行こ行こ、行こう! チョコバナナ〜」
校内に、公開終了のアナウンスが響き渡る。
・登場人物紹介
→フルリさん作『あいつとボクの違い』
https://kakuyomu.jp/works/16818093079284227675
→しがなめ作『道路標識と私』
https://kakuyomu.jp/works/16817330666059223885
短編集 しがなめ @Shiganame
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