第二作 貴方の生活を盗みに来ました。

私は高尚な空き巣である。

そこらのコソ泥とは違う、自分が行う行動に明確な理由があり、目標がある。

空き巣を行う度に反省し改善する。云わば空き巣のアスリートである。

そんな私の娯楽は、朝は寝ぼけ眼をこすり家を出て、夜はくたびれた顔で帰宅してくる君の顔を眺める事だ。

とはいっても、君の顔は風呂に入っている時にしか見る事は出来ないが。

けれどもそれで充分なのだ。

その一部分しか見る事が出来なくとも、君の家の外での生活を想像する事ができる。部屋から聞こえてくる独り言や通話、たまに訪問する友人との会話から。

最近は辛いことが増えてさぞ苦しいかろう、咽び泣く声が聞こえてくる日は私も心が痛くなる。

独りじゃない、君の理解者は最低でもここに一人居る。そういう事を伝えてあげたくなる。蹴り飛ばした毛布を、掛け直してあげたくなる。

かくいう私も、数年前までは一端のサラリーマンであった。

私はその頃、都内で仕事をしていた。だが郊外に住んで居た為、朝は早かった。

起床したらまずは顔を洗い、歯を磨きながら電子レンジで冷凍食品のパスタを温め朝ごはんの準備をする。

口をゆすいでからシェーバーで髭を剃り、もう一度顔を洗って鏡の自分と目を合わせる。

そうしたらこのタイミングでパスタの温めが完了する。

このタイミングなんだ、ここじゃないと気持ちが悪い。

君にもそういった決まり事はあるだろう?

私はその朝のルーチンを終わらせ会社に向かう。

これを読んでいる君は、なぜここまで説明されているのかと不思議に思うだろう。

私は君の生活を無許可に覗いているから、今度は僕が君に、僕の生活を知ってもらおうという魂胆だ。要するに、対等な立場で居たいのだ。

だがそう言った生活が続くと流石の私でも疲れる。

そうは言っても早起きや仕事場が遠いのが問題ではなかった。

社会の規範や会社の空気感、そういった社会人としての根本的な所が耐えられなかった。

ある日、どこにぶつけるでもないわだかまりを抱えた私は、過去に仕事で訪れた一軒家に来ていた。

そこは閑静な住宅街で、昼ですら子供の声がしなかった程、陰鬱な場所だった。

けれど泥の中でも蓮の花が咲くように、そこにただ一軒、真っ白で煌びやかな立派な家があった。

社会に疎外感を抱いていた私は不思議とその家に共感して、気付けばあいているところを探し、二階の窓からその家に入り込んでいた。

入り込んだそこは恐らく子供の部屋で、薄水色の壁紙に純白のベッド。その横にはダークオークの勉強机があり、小さなテレビにゲーム機があった。

自分の幼少期と重ねて、無意識に妬いてしまう程に整った子供部屋に、居ても立っても居られなくなりその部屋を出た。

家の中で物音はしなかった為、念のため寝室に気を配りながら徘徊する。

二階から一階、リビング、キッチン、風呂場。まるで展示品かと見間違うほど綺麗に整った内装に居づらさを感じ始めたその瞬間、玄関からドアが開く音がしたのだ。私は激しく動揺し、その時に居た風呂場で隠れる場所を必死に探した。

すると天井に蓋のようなものを見つけ、反射的にそこを開けて中に隠れた。

私の心臓の音で居場所がわかってしまうのではないかと気を使うほど心臓は強く激しく打っていた。そうしていると、いつの間にか気を失っていたらしい。

目覚めた時には、自分がやった行いや状況に絶望し、また気を失ってしまいそうになった。

うつ伏せのまま顔を上げて少しずれていた蓋を戻そうとした時、この窮屈な空間の奥にクモの巣のような物が目に映った。

先程の家の光景からしてクモの巣なんてものがあるはずがない。そう思い携帯を取り出しライトで照らした。

すると、どこに繋がっているのかもわからないケーブル同士の間に、確かにクモの巣があった。

それだけではない。木のクズが、埃が、コンクリートの破片があったのだ!

これを読んでいる君には僕の興奮がわからないだろう。

外見や境遇に共感し入り込んで見たものの、自分とは違うと裏切られたこの家にも、外の世界となんら変わりのない汚い場所があったのだ!

一見綺麗に着飾った物でも、結局中身は薄汚く放置された荒れ地だったのだ!

私は窮屈に感じたその場所がいっそう好きになった。

だが次の日、空腹に耐えかねてその家を出て家に帰った。

それから私は綺麗な家を見ては入り込み、いつもの場所でその家に住む人間の生活を覗き見るようになった。

その中で見つけたのが、この家と君、というわけさ。

だけどこの家と君は特別だ。

外観は立派だが中身はオンボロ。いつ壊れてもおかしくないのに中々崩れない。

興味深いだろう、不思議だと思うだろう?

私もそう思った。だけどもっと興味深いことがあった。

外では自分の綺麗な姿を作り、自分の作ったもう一人の自分を演じている。

そんなに強い人間じゃないのに、必死に強いフリをしている。

いつ人前で泣き崩れてもおかしくないのに、崩れないよう必死にこらえている。

わかるかい?君の事だよ。

そんな君が、他の何よりも美しく思えた。だからここが好きなんだ。

私にとっての一番の悲劇は、この手紙が君じゃない誰かに読まれる事だ。

もしも君が引っ越したら?

もしも君じゃない誰かが、いたずら心でここをあけて手紙をまさぐりだしたら?

そんな事を考えると、窮屈なこの場所がより窮屈になったような気さえする。

だから、ぜひとも君に読んで欲しい。

酷く辛い悲しい夜に、なにかの気の迷いでここをあけてこの手紙を見つけて欲しい。

数年後幸せになった時でも良い。

君じゃあありえないかもしれないけど、やる気になって年末大掃除を初め、いつも見向きもしない所を掃除している時にヒョコと出てくる。それでも良い。

直接机の上に置く、ポストに投函する。そんなものじゃあ僕の気持ちは伝わらない。

他の誰でもない君に、君のタイミングで、僕が書いた、僕が居た場所に置いてある、この手紙を読んで欲しい。


明日僕はこの家を経つ。立つ鳥後を濁さずとは言うが、あまり荷物が多くなると困るので他の家からもってきた掛け布団なんかはここに置いていく事にする。


君がこの手紙を読んでくれるかもしれないという余白を楽しみ、僕はまた新しく仕事を始める事にする。

家賃を払わず住み込んで申し訳なかった。

それじゃあ、お元気で。


追記。もし万が一、私のような者にもう会いたくないのなら、

キッチンの窓の鍵を変えておくことをお勧めする。

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50分の1 日野黎明 @hinoreimei

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