てさぐりではじめるテンプレートな異世界生活

藤崎稚

第1話

気がついたら道の上に立っていた。遠くにこんもりとした森が見える。

さっきまでしていたことを思い出そうとして、ぞっとする。中断してここにきてしまったんじゃないのかと、不安感におそわれる。現実でしていたことを中断してきてしまったんじゃないか、じゃあその中断されたものはどうなったのだろう。こうやっていても現実は時間が進んでいるからとんでもないことになっているんじゃないか。不安に青ざめながらうんうんと唸って思い出そうとしても、なにも思い当たるものはなかった。

そういえば、と、顎を引いて足下に視線をおろすと、寝間着のスウェットを着ていた。裸足だった。このことはすこしこころを落ち着かせた。

寝る準備をして、然るかたちでこうやって……。

ポケットをさぐってみたが、糸くずにふれるくらいでなにも入っていなかった。

あたりを見わたす。立っている道は刈り取られた芝生のような草原で挟まれた、けもの道のようなきいろい砂利みちが続くばかりで、うしろも同じだった。さきほどの森の奥には、青い峰がそびえている。

枝葉のこすれる音は遠くでしていた。とりあえずこのぞっとした気分をしずめるためにも、歩くことにした。気がついたときに向いていた方に進むことにした。

とちゅうで何度か小川を見つけた。川は段差があったけれどそこを流れる水は水たまりほどの深さに見えた。そこには数本の丸太をほそい縄で束ねた橋が架けられていた。そのうちの何本かは腐ったり剥がれたりして欠けたり窪んだりしていた、踏み込むとぎしぎし言っていた。

ときおり、ひらたい板を束ねてつくった柵をみかけた。その柵も腐っていて手をかけると簡単に剥がれてしまった。その囲いのなかにはいっぴきもいなかった。残念な思いをしながら、歩き続けた。田んぼや畑は一向に見当たらない。そういうとこなのだろう。家屋もおなじ。

石や土くれ、粒の大きい砂の道だったものの、足裏に擦れたり踏んだりしたときの痛みは感じなかった。

えっちらおっちら歩き続けていると、ようやく大きな金属製の門が見えてきた。その門は開かれて中のようすが少し見えた。人がいて、建物がある。

みあぐほどの石の壁で囲まれ、その両脇には鎧に身をつつんだ人がきっさきのきらりと光るするどい槍をついて立っていた。

内心びくびくしながら門にちかづいた。話しかけられるかも、と思い、歩みをゆるめた。が、門番のふたりはこちらを睨むだけで、そのまま中に入れてしまった。


2

門からのせまい道を抜けた先に、ひらけた広場があった、そこではたくさんのひとが行き交い、話をしていた。石畳が敷かれ、どの建物も石造りで出来ていた。賑やかだった。

広場の脇に、街の地図があった。眺めていると、知らないことばで書かれていた。そういえば、さっきから聞こえている話し声や高笑いも、知らないものだった。ここにきて、泣きたくなってしまった。もっと勉強頑張ればよかった気がした。夢のなかで突然にギターの演奏や聞いたことのない曲を歌わなければならなかったり、乗り物を運転させられる責任重大な場面に遭遇するように、外国語だなとわかっているようなことばで尋ねられて知っている単語をどうにかごまかすようにして答えるような、そういう、やっておけばよかった、という気分。

困惑の面持ちで見わたすと、誰もが布のような服装で、自分のような衣服を着ているのは誰もおらず、気恥ずかしさを覚えた。いたたまれなくなり、その案内板のようなおおきな地図のところからいちばん近い道に、逃げるようにして向かった。


3

ずんずんと進んでいくときにもその街の人とすれ違ったりした。けれどもそういった人は見向きもせず、怪訝そうな色を示すこともなく、無関心そうだった。ほそい道は影がなくて明るかった。

やがて、別なひらけたろころに出た。そこは、屋台のような露店も立ちならぶばしょで、にぎやかというよりは、さわがしかった。屋台と屋台のあいだを身体を横むきにしてなんとか行けるほど狭かった。知らない料理が盛り付けられて、知らないことばが飛び交っていた。嗅いだことのないにおいがした、それが自分にとって不快なものか、こころよいものなのかわからないくらい知らないいろんなにおいであふれていた。屋台のわりにきつく呼びとめられたりせず、反対側に出てこれてしまった。目の前には宿屋があった。


4

泊まることは断念した。入口の横に貼ってある、おそらく金額表には、きっとお金が必要だった。仕方なく思いながら、せっせと歩いた。川沿いに出たり、役所や診療所のような建物を発見したり、その街をぐるりと囲む壁沿いを辿ったりして、もとの広場に戻ってきた、そうして地図をみて、なんとなくことばの意味がわずかにわかってきた。特に怪しまれていないこともわかってきた。しばらくはことばを覚えることに集中することにした。自分のあずかりしらないうちに現実に戻っているかもしれないし。そうして、とちゅうでみつけた公園までむかって、そこの人たちが座っていた腰掛けで身体を休めた。疲れは感じていなかったし、脚や足裏に痛みや傷ができていたりしなかったものの、こんなにずっと歩きどおしだったから多分疲れているだろうという気がして。

眼をさますと腰掛けのうえだった。夢は見なかった。現実に起きるようなこともなかった。空は暗く、人はおらず、街灯がほの明るくひかっていた。


5

それからしばらくは街のようすを眺めるようにして過ごした。日中はいくつかの広場で会話に聞き耳を立てたり、道端に落ちていた新聞紙のような紙の束や雑誌のように製本された冊子を拾い読みし、自分の馴染んでいることばと照らし合わせながら覚えていった。そうして公園で休んで夜になると、街をふらふら歩きまわった。特に見回る人にも出くわすこともなく、籐椅子のような椅子に座って前後に揺れる人の影や、寝かしつけるやさしい物語を聞かせる声が建物の横を通るときに聞こえた。どの道や区域も静かで、自分の履き物の石畳の道を擦る音ばかりが反響していた。不意に、どれくらい自分の意識がこの街のこういった要素に関わって(加担して)いるのだろう、と考えたりした。道中で草履のような履き物を見つけ、川の水でゆすいで立てかけて乾かしてから、履くと歩きやすくなった。試しに足先をその川の水につけてみると、毛布をかき回しているような重さを感じた。空腹も感じることはなかったが、公園の腰掛けなんかに食べかけで捨てられている食べものをつまんで口に運ぶと、へんな感じがして、ずっと噛んでいてもずっと口のなかにある感じで、飲み込めず口から出した。毛布を食べているような気分だった。

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