第13話「夜逃げ」

「想像より動きが速いな」


「霊山を完全に手に入れる動きだろう」


「連中の癌が天空都市ジュデスか」


「霊山の統一には、必須だからな」


「うむ、王都への道であるし、王都攻略に例え失敗したとしても霊山に戻ることで体制を整えられる」


「逆に言えば我々にも重要な拠点なわけだ」


 地図を見た。


 霊山ウーレイアを抜けて、王都クシュネシワルに向かうには、どうしてもジュデスを経由する必要がある。


 ちょうどジュデスが蓋をしている形だね。


 これはつまり、カーリアからの物の出し入れを完全に断っているということだ。霊山ウーレイア全体の物流は、反対側の街道からの一方通行のみで半分死んでいる。


 カルタ・ノウァとしては血は循環していてほしいだろう。澱みなど癌そのものだ。


 とはいえ、ジュデスの防御は堅牢。


 大群は投入し難く、膠着するだろうという僕の目論みは外れた。カルタ・ノウァは手詰まりだと、いや、金が掛かりすぎると判断して新しい勢力を動かした。


 旧神聖同盟を構成していたのは何も、カーリアとカルタ・ノウァだけではない。


「カート・ハダシュトか……」


 山向こうではなく山の前の都市国家の軍が動いた。敵対勢力はカルタ・ノウァだけでなく、カート・ハダシュトも追加ということだね。


 とはいえ、どちら単独でエパルタ軍と戦えるような軍備ではなく、だからこそ神聖同盟に参加していた国だ。


「平原であればエパルタのエカトンケイルが猛威を振るえる。使いどころであろうな」


 と、ヘルテウスは言った。


 まったくその通りである。


 僕はリアー姫を見た。


 次に隣の仮面の姫だ。


 アーレイバーン推薦のラクスミ姫だ。


 巨大なカーリア王国の火種な後継者。


 伝統と歴史に沿えば、リアー姫とラクスミ姫は、いつ競合相手を始末してもおかしくはないね。暗殺はともかく仲良くは難しい。


 エパルタ軍にカート・ハダシュト軍の撃破を完全に依存するのも弱味なんだよねェ……。


 理想としてはラクスミ姫にジュデス防衛をお願いして、リアー姫には迂回してくるカート・ハダシュト軍の撃破をしてほしい。


 リアー姫の功績を積めるんだよ。


……僕の考える範疇じゃない、か。


 魔法の使えない無能なんだ。


 おとなしく工房に集中しよう。


 工房は、なんとか回している。


 霊山は元々、黒曜石の一大産出地であり原料には困らないし、即成ではあるが工匠も人海戦術で仕事を消化している。


 一流の工匠から見れば技術が低いにも程があるが、不細工なラーミア・フェランギの建造をなんとか可能な水準には達している。


 ただ、そのラーミア・フェランギなのだが、調整が短かったこともあり不満が噴出することはわかりきっていた。


 今、何人か数学のできる人間の手を借りながら、ラーミア・フェランギに関しての調査報告を纏めている。


 ラーミア・ジーパス、ラーミア・テクノだけでなくエカトンケイルとへリュトン、ゲリュネオスも対象だ。


 操演者や工匠と数も多いので質問紙、面接、関わらない状態での働きの観察を同時進行で標本を集めている。


 修正の要望はあらゆる箇所に及んでいるが、もっとも致命的だと判断されている意見の抽出作業中だ。


 できるだけ操演者の騎士との面接も、個人や集団を問わず開設しているんだよ。聞いて、纏める標本は膨大だけど、手短にしていかないと。


 時間はどんどん過ぎているしね。


「ジュデスは放棄する提案を出します」


 僕はまるで嫌われ者な視線を浴びた。



「正気か!?」


 と、リアー姫が凄く怒っている。


 ちょこんと立つラクスミ姫も一緒。


 お姫様が二人もいると緊張するな。


 リアー姫のお怒りはともかくとして、ジュデスの工房の扱いを覚えた工匠達がさっさと道具をバラバラにして荷造りしている。王都クシュネシワルへのお引っ越しだ。


「王都では美味いものが待ってるぞ!」


「おう!」


「良い男も山ほどいるぞ!」


「頭がふさふさのですか!」


「剃ってる人間もな!」


「遠慮させていただきます!」


 調子に乗っちゃってまあ。


 工匠のドォレムが忙しなく働く。巨大な人型達の黒曜石の関節は、魔法に寄って滑りと固定を同時にこなし、工匠の脳と積水の神経系を使って正確に制御され働いている。


 道具の取り扱いは丁寧。


 ドォレムの動かし方も充分!


 ラーミア・フェランギを習作に、ギリギリまで育てたがジュデスではもう限界だ。カルタ・ノウァとカート・ハダシュトに挟撃されれば、山間のジュデスは封鎖されてしまう。


 ジュデス駐留軍だけでは能力不足。


 さっさと引き払うよ。


 ただし全部持ち去る。


「説明せよ、ヘイディアス」


 リアー姫のドス声に、ラクスミ姫は無言のままコクコクとうなずく。うっ……ラクスミ姫は山育ちだからな。放棄するとなれば彼女の家も……。



 王都クシュネシワル。


 修復された城門が開く。


 霊山ウーレイアを超えた朝陽が荒野を駆け抜け、王都の中央通りを染め上げた。燦々と陽の光を浴びながら、黒曜石の巨人が体を揺らし、建物という建物、路地という路地から祝福を受けながら帰還する。


 霊山の空中都市奪還を果たした凱旋だ。


 バトルジャックには半身を出し、やや緊張した面持ちのまだまだ新兵感が抜けない者から、カーリアやエパルタの熟練兵が涼しげな顔の者まで様々だ。


 バトルジャックの外套がかすかに揺れる。


 エパルタのエカトンケイルとへリュトン、カーリアの剣であるゲリュオネス、それに随分と小柄だが大型歩兵なラーミア・フェランギが続いた。


 王都の歓声が小さくなり城門を抜ければ硝子混じりの風が吹いていた。ほんの少し前まではエパルタとの王都での戦いがあったというのに、勝利への祝福に満ちていた。


「アーレイバーンくんの騎士道精神に溢れた殿をせずにジュデスから引き上げれば……いや、彼の意志を尊重しよう」


 僕は今頃、ジュデスで、ファラミウスとジェストの部隊の総攻撃を受けているだろう。勇猛なアーレイバーンくんを思うと敬意をあらわす。彼と、彼のファラミウス残党の親衛隊は火付け薬である酒を大盤振る舞いして酔い潰れたあと、怒り心頭に押し寄せてくる部隊を、もぬけの殻のジュデス食い止める。


 僕らが王都へ無傷で帰還する決死の殿だ。例え全滅しようとも、例え敵軍に情報を漏らしていても関係ないだろう。


 逃げ場などないのだ。


「感謝です、アーレイバーン殿」


 僕は霊山に向かい祈りを捧げる。


 王騎の二機がドン引きしていた気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラックストン&マジック〜巨大魔法ロボットが闊歩する世界〜 RAMネコ @RAMneko1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ